フランスの軍事作戦
4/132022
カテゴリー:ウクライナ情勢
2022年1月27日付けで、日経ビジネスに「ロシア傭兵、アフリカで勢力拡大」という記事が掲載されました。そこにはこんなことが書いてあります。
アフリカのマリから撤退するフランス軍に代わり、ロシアがマリ政府に取り入り傭兵を派遣、勢力を拡大させている。欧米諸国に反感を持つ指導者を味方に付けて影響力を強めるとともに、金鉱山等の利権をも獲得する算段だ。サブサハラ地域でも同様の動きを見せるも、イスラム過激派には手を焼いており、「進出」は一筋縄ではない
何やらいつもどおりロシアをあまりよく思っていないような書き方です。今回はこの記事を元に、アフリカとロシアとフランスについて見ていきたいと思います。
なぜフランスはマリ共和国にいたのか
2012にリビアでカダフィ政権が倒れるリビア内戦(2011年2月15日~10月23日)が起きました。カダフィが殺害されてリビア内戦が収まったあとの1月ごろ、今度は内戦の際使われていた高性能の武器が直接国境は接していない西アフリカのマリ共和国に流れ込みました。公安調査庁が公開している情報によると、同時期にイスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)がマリに進出している(②)ようなので、武器はアルジェリアを経由してAQIMとともにマリに入ってきたと考えられます。
マリに入ってきた武器は以前から独立を目指していたトゥアレグ族が手に入れましたトゥアレグ族はリビアにも居住者が多く、内戦にも参加してたため、彼らが持ち込んだ武器もあるはずです。彼らはアザワド解放民族運動(MNLA)を組織化した上で、政府軍に戦いを挑みました。このときMNLAとAQIMは共闘していたようです。
戦闘が続いていた最中の2013年2月14日付けのALJAZEERA FOR STUDIESの記事では、「マリは2つの脅威に接している」と書かれています(③)。一つは首都バマコにおける腐敗したエリート層による国家統治、もう一つはテロリストの動きとアザワドの反乱です。同紙は、「前者に対処することは、後者に対処する上で非常に役に立つ可能性がある」とも述べています。しかし、「マリのエリートの目的は悲しいことに富を蓄えることにしかなかった」ためエリート層の腐敗をとめることはできませんでした。
3月には政府軍兵士によるクーデターで大統領が辞任に追い込まれ、政府内では混乱が広がりました。戦闘は4月にMNLAが独立(アザワド国)を勝ち取ったところで終わり、マリ共和国政府は敗れはしたものの崩壊には至りませんでした。
しかしこのあと、反政府勢力の間で対立が起き、AQIMがMNLAをアザワド国から追い出しました。2013年に入ってから、AQIMはさらに南部に向かって進軍しました(マリ共和国の南隣にはブルキナファソがあります)。そのときマリの新しい(暫定)大統領の要請に基づき、国連安保理はアフリカ主導マリ国際支援ミッション(AFISMA:2013年9月開始)を承認しました。しかし国連常任理事国であるフランスのオランド大統領は1月、AQIMの進軍スピードが予想以上に速いという理由で、独自に(勝手に)フランス軍による空爆と派兵を決定・実行し、あとからそのことについて安保理の承認を得ました。
このような経緯でフランスがアフリカに駐留することになったのです。
対テロ作戦だけが派兵の理由なのか
結論から言って、フランスがマリに積極的に、かつ他の西側諸国に先んじて関与していったのは、対テロ作戦だけが理由ではありません。マリの南に向かってにAQIMが猛スピードで進軍したとき、真っ先にフランスが派兵したことは上で述べました。その理由はマリ共和国の南隣にあるのです。マリ共和国は東から南東にかけてニジェールと国境を接しています。実はフランスはここに進軍されると困るのです。
ニジェールは2013年時点では世界第4位のウラン生産国でした(④)。そしてその3分の1を採掘していたのはフランスのアレヴァ社でした。JOGMECによると、2013年は、アレヴァ社とニジェール政府の間の、アーリット、アコウタ両ウラン鉱山をめぐる10年間の操業ライセンス契約が期限を迎える年だったのです(⑤)。契約が期限を迎える時期は、新たな契約を結ぶ時期でもあると言うことです。ところがアレヴァ社を巡っては、ニジェール政府や住民への裨益が少ないことが問題になっていました。いわゆるロイヤルティ率の低さにニジェール側が不満を表明していました。ですからフランスが、この緊迫するアフリカ情勢の中でニジェールの鉱山(とニジェール)を守り、恩を売って契約交渉を有利に進めようと考えたとみることができます。
フランスは他にもイモウラレン・ウラン鉱山やソマイル・ウラン鉱山の操業ライセンスを持っています。中国や韓国、その他の国の会社もニジェールの鉱山での操業を許可されています。その上ウランだけではなく、ニジェールでは金(ゴールド)もとれます。鉱山操業ライセンスをめぐる他国との競争でリードしておきたかったことが派兵の理由である、と見ることは十分にできます。表向きは対テロ作戦、しかし真の目的は鉱山利権の確保というわけです。
フランスのマリからの撤退が意味すること
日経ビジネスによると、フランスは2021年12月24日に、西アフリカのマリにある軍事基地の管制権をマリ軍に引き渡しました(①)。フランス軍は上述のとおり2013年にイスラム原理主義者や分離主義組織に対抗するために派遣されていました。フランス軍はマリに派遣していた5100人のテロ対策部隊を半分に減らし、今後はマリ、ニジェール、ブルキナファソ一帯で勢力を強める過激派と戦う現地軍の訓練支援にまわる予定だそうです。つまるところ活動方針と拠点を移すということです。フランスは台風の目のような存在になっていますから、これは以下でも述べるブルキナファソのような、対テロ作戦のせいで生活を破壊される国が増える危険もはらんでいます。それにマリからの撤退とはいっても、アフリカから出ていくわけではありません。台風の範囲内に入っているうちはいつまでも独善的なフランスの外交・軍事政策による危険はなくなりません。加えて植民地時代のように再びフランスがアフリカで影響力を持とうとすれば、それに呼応してフランスに対する警戒感がアフリカで強まる可能性があります。アフリカ諸国が警戒感を募らせれば当然他国(フランスと対峙できる国)に助けを求めることが予想されます。つまりアフリカが大国とテロ組織の戦場であるだけでなく大国同士の戦争の場にもなりかねないとうことです。
差し迫って危険なことは、マリがフランスの代わりにイスラム国の攻撃の標的にされるということかもしれないということです。CNNは2021年9月17日、「フランス軍、アフリカのISIS系組織指導者を殺害」という記事を出しています(⑥)。記事によると「フランス政府は16日、過激派組織「大サハラ」のイスラム国(ISIS_GS)」の指導者アドナン・アブワリド・サハラウィ容疑者をフランス軍がドローンで攻撃して殺害したと発表した」とのことです。
マリでイスラム国系組織の指導者が殺害されました。当然報復されます。これはマリとフランスの合同作戦ですから、マリもフランスも報復される可能性があります。記事によるとこれは「フランス軍が主導する上空からの作戦と地上からの作戦」となっています。フランスがマリに派兵したときは「アフリカ主導マリ国際支援ミッション(AFISMA)」でしたが、今はもうフランス主導で軍事作戦が行われています。もちろん技術的にも軍事的にもフランスのほうが進んでいますが、これではアフリカ(マリ)の意志なのかどうかわかりません。攻撃するだけ攻撃して「重大な勝利だ」と言って去って行ってしまうのではマリとしては不安を禁じ得ないでしょう。そんなマリでここ最近はフランス離れの動きが広がっています。
なぜロシアはアフリカに進出してきたのか
フランスの対テロ部隊がマリ共和国の北側から南に掃討作戦を始めると、マリの南に進軍していたテロ組織は抗戦しながらさらに南、つまりマリの南の国境に向かって移動していきました。マリ共和国が南東の国境でニジェールと接していることは述べました。フランスはニジェールでの鉱山操業を行っていますからニジーェルに軍隊を置いていました。ですからニジェールに流入することはできませんでした。マリの南端で国境を接するコートジボワールにもフランス軍がいました。最短で逃げて入り込めるのは、ニジェールとコートジボワールの間に位置するブルキナファソのみでした。
SPUTNIKは2021年3月23日の記事で、「2014年にはフランス軍が対テロ共同作戦「バルカン」を開始した。この作戦はサヘル5カ国(G5=ブルキナファソ、マリ、モーリタニア、ニジェール、チャド)が支持している。」と述べています(⑦)。最近のアフリカでの動きを見るとどうも皮肉めいているように感じられる記事ですが、ブルキナファソはこのあと、フランス軍に追われたイスラムテロ組織の侵入によって甚大な被害を被ることになりました。
ブルキナファソは国土のかなりの部分をテロ組織に占領され、日常を脅かされるようになりました。そしてフランスの対テロ作戦を非難し、別の新たなパートナーを探し始めました。そこで彼らと懇意になったのがロシアだったのです。実際ブルキナファソはアメリカに対して好印象を持っている国の一つでした(⑧)が、アメリカのライバルであるロシアにかなり接近している現状があります。数年前までトランプ元大統領の下で見られたアメリカ第一主義が影響している可能性もあり、またバイデン大統領の下でのアフガニスタン政策の失敗が影響している可能性もあります。アメリカひいては西側諸国への不信感がロシアへの接近を加速させたといえるでしょう。
必ず増加する親ロシア派国家
フランスの植民地だった国では、マリ共和国でも中央アフリカ共和国でも同様にフランス離れとロシアへの接近が加速しています。学術誌CSISは「ロシアの民間軍事会社ワグナーグループがロシア軍の支援を受けてマリに到着した。(中略) フランスなどの国が過激派組織に対する軍事行動を縮小し、かつマリが困難な時期に直面している中で、ロシアがこの地域での影響力を拡大しようとしている」と述べています(⑨)。しかしこれはただのロシア嫌いで真実とは違います。困難な状況に直面しているマリがロシアに支援を求めたのです。もちろん「ロシアで最も悪名高い民間軍事会社」という文言は間違っていません。「フランスを支持したが上手くいかなかった。だから今度はロシアに頼んでみよう」こうなるのは別段不思議なことではありません。「ロシアでもだめならアメリカに頼んでみよう、中国に頼んでみよう、・・・またフランスに頼んでみよう」いろいろな選択肢があります。国で政権交代が起こることや、世界が自国優先主義からグローバル化に、グローバル化からまた自国優先主義に変わるように、振り子のように触れているのが私たちの世界です。
プーチン政権はアフリカとの関係を軽視していません。世界の中でアフリカという存在を無視することはできないと繰り返し述べています。様々なアプローチがあった中でロシアとの接近を決めたアフリカ諸国の選択は尊重されなければなりません。同時にフランスに時間を与えたようにロシアにも時間を与えなければなりません。とにかく、西側諸国の独善的な外交への反動として、今後数年は親ロシア的な政権がアフリカに増えることになるでしょう。
ウクライナ紛争との関係
ウクライナへのロシアの軍事介入が始まる前、フランスのマクロン大統領は、何度も電話をしたりモスクワに飛んだりしてプーチン大統領と話をしていました。ウクライナへの侵攻を思いとどまるようにと。
なぜフランスの大統領があれほど奔走したのでしょうか。理由はいくつか考えられます。バイデン政権の頼りがいのなさ、ノルマンディーフォーマットで戦争を防げなかったこと、ロシア依存度の高いエネルギー確保への不安、プーチン大統領と他国のリーダーの信頼の希薄さ、アフリカでの影響力さらに自身の評価等々。
最初の4つは別記事でも述べているのでここでは細かくは書きませんが要点だけ書いておきます。
アメリカ・バイデン政権の対ロシア外交は完全な失敗でした。侵攻開始前からロシア側との会談を拒み、またマクロン大統領のように関係国・周辺国に飛んで話をつけることもありませんでした。2月21日に国際ニュース専門チャンネル「フランス24」は、プーチン大統領とバイデン大統領がマクロン大統領の仲介する首脳会談を行うことに同意するとした記事を掲載した(⑩)。しかし記事によると、アメリカ側は「もしウクライナへの侵攻が行われないなら(会談に合意する)」という条件を出してきたというのです。しっかりと話し合って侵攻を防ごうと欧州主要各国が奔走する中で、アメリカだけがトンチンカンなことを言っています。マクロン大統領はバイデン政権にあきれたことでしょう。
ノルマンディーフォーマット関連では、侵攻開始前にドイツのショルツ首相とフランスのマクロン大統領が動きを活発化させていました。両国はロシアとウクライナ間のミンスク合意の仲介役であり、ロシアとウクライナ双方に合意を守らせることができなかった責任を感じているのかもしれません。もしくはそれはウクライナ国家成立の歴史に関係する国としての責任かもしれません。
エネルギーの問題は今後深刻な問題になってくるでしょう。この問題を危惧して2月にウクライナへの軍事演習用の武器提供にNATO・EU内で唯一反対したドイツも、今は欧州の一国としてロシアから敵と見られています。今後のエネルギー資源の確保が厳しくなれば国力は低下します。すでにイギリスが抜けたEUにおいてドイツの影響力が弱まれば、フランスの影響力が増します。一方でもはや連合としての意味をなさなくなるとも考えられます。実際の生活面を考えても、間違いなく長期化するこの戦争は、ヨーロッパの冬を直撃します。寒さや物価高騰に耐えきれるか、もしくはロシアへの強硬姿勢を変えるしかなくなるのか。筆者は後者だと考えています。ドイツがフランスに泣きつくことになるかもしれません。
プーチン大統領と他のリーダーたちの信頼関係のなさも深刻な問題です。20年以上権力の中枢にいるプーチン大統領にとって、外国の首脳は替わりすぎるのです。かつてのG8の中では、メルケル首相は引退し、安倍首相は「自分がロシアに行って戦争を止められなかったら顔が立たない」と会談を拒み、残る首脳たちは長い付き合いがありませんでした。プーチン大統領の「主権国家」の認識やアメリカの不甲斐なさを考慮すると、大国フランスが最期の砦であったと言えます。
ここが重要なのですが、アフリカに関する思惑がマクロン大統領を走らせたといえます。上で述べたように、現在アフリカではフランス離れとロシアへの接近が広く見られます。コンゴやウガンダ、エチオピアといった国々もおそらくこれからフランス、ロシア、それに中国による取り合いの対象になるでしょう。アフリカはロシアやウクライナからの食料輸入に依存している地域が多く、割合も高いです。ロシアに物を言うことができる国ばかりではありません。ヨーロッパ、それこそフランスやイギリスが戦争による国内への影響を小さくしようと自国優先主義的になれば、アフリカへの影響力を維持し続けることは難しくなっていきます。フランスとしてはニジェール等でウランや金などをロシアや中国に渡すわけにはいきません。もちろん資源のない国にも影響力は持ちたいと考えています。「ロシア」対「40カ国以上からの支援を受けるウクライナ」の戦争が長引けば長引くほど、西側への頼りなさを感じてしまうことは必至です。ウクライナでの戦争を見てアフリカがフランス離れとロシアへの接近を加速させるという、フランスとして最も避けたかった事態が起きてしまった感があります。
■参考文献
①日経ビジネス 「ロシア傭兵、アフリカで勢力拡大」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/world/00459/
②公安調査庁 「マリ」
https://www.moj.go.jp/psia/ITH/situation/africa/Mali.html
③ALJAZEERA CENTRE FOR STUDIES "AFISMA: Military ahead of Politics"
https://studies.aljazeera.net/en/reports/2013/02/20132148940690455.html
④白書・審議会データベース 「【第222-2-5】世界のウラン生産量(2013年)」
https://empowerment.tsuda.ac.jp/detail/66741
⑤金属資源情報「ニジェール:ウラン価格下落を受けてロイヤルティ引き上げを断念か」
https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/?area=ne
⑥CNN.co.jp 「フランス軍、アフリカのISIS系組織指導者を殺害」
https://www.cnn.co.jp/world/35176832.html
⑦SPUTNIK 「ニジェールで大規模テロ、137人死亡」
https://sputniknews.jp/20210323/8250601.html
⑧U.S. DEPERTMENT of STATE "U.S. Relations With Burkina Faso"
https://www.state.gov/u-s-relations-with-burkina-faso/
⑨CSIS "Tracking the Arrival of Russia’s Wagner Group in Mali"
https://www.csis.org/analysis/tracking-arrival-russias-wagner-group-mali
⑩France 24 "Biden agrees 'in principle' to Macron-brokered Ukraine summit with Putin"
https://www.france24.com/en/europe/20220221-biden-agrees-in-principle-to-ukraine-summit-with-putin-brokered-by-macron