3/122022
カテゴリー:ウクライナ情勢
 
2022年、ドナルド・トランプ前大統領は次のような発言をしました。
「私は21世紀の米国大統領で、任期中にロシアが他国に侵攻しなかった唯一の大統領だ(①)」
ロシアは、ブッシュ政権時代はジョージア、オバマ政権時代はウクライナ、バイデン政権でもウクライナに侵攻しました。トランプ政権時代(4年だけですが)はロシアは大人しかったのです。
トランプ大統領は、いろいろ問題の多い大統領でしたが、こと安全保障に関しては良い働きをしてくれたと思います。筆者がトランプ大統領の功績によるものと思うのは、ウクライナ情勢と北朝鮮情勢の安定です。特に北朝鮮情勢では、トランプ政権時代は、筆者は日本にミサイルが落ちる心配をしていませんでした(中国が責めてくることもないと思っていました)。トランプ大統領のおかげです。
安全保障に関して、元外務省分析官の佐藤優氏は「脅威=能力+意思」だと述べています(②)。
「米国、ロシア、中国は、それぞれ他国を殲滅することができる核兵器と運搬手段を持っている。しかし、核戦争による脅威は感じていない。米露中の三国は、他国を核攻撃する能力を持っているが、意志がないからだ。トランプ大統領は、北朝鮮に北米に到達可能なICBM(大陸間弾道ミサイル)を廃棄させ、脅威を構成する要素から能力を除去する。さらに、金正恩・朝鮮労働党委員長との信頼関係を確立し、脅威を構成する要素から、意志を除去しようとしている。(②)」(2019年時点)
トランプ大統領はプーチン大統領や習近平国家主席とも会談を重ねました。脅威の排除だけではなく、貿易における二国間協力体制を築き上げようともしました。
繰り返しになってしまいますが、トランプ大統領の外交の特徴は、衝突の可能性がある国のリーダーと直接会って信頼関係を構築し、「意志」を持たせないようにすることでした。
北朝鮮情勢では金委員長と2回会談を行い、アメリカに話を聞いてもらいたいという北朝鮮側の希望を叶えました。朝鮮戦争を終結に導いてノーベル平和賞をもらいたいだけなのではないかというような声も挙がりましたが、地域が平和ならそれで良いではありませんか。
2020年には体調不良が囁かれていた金委員長に対し、トランプ大統領が「健康を願う」とツイートし、同年トランプ氏がコロナに感染した際には、金委員長が「必ず打ち勝つ」と見舞いの電報を打ちました。
そして大統領退任後も個人的な関係を維持し続けているようです。
ロシアとはプーチン大統領と会談して、お互いに意見を述べ合いました。2人が首脳会談をしているところを観てください。椅子に深く座らずに、前のめりで、肩を近づけ笑顔で話し合っています。非常に良い関係を築いています。大統領在任中も今も「彼は賢い」「天才だ」などと発言しています。
デール・カーネギーの『人を動かす』には鉄鋼王アンドリュー・カーネギーに100万ドルの年俸をもらっていた従業員シュワブの言葉が載っています。「私はほめることには積極的だが、あら探しには消極的だ。気に入ったことは”心から評価し、惜しみなく賞賛する”(③)」
ロシア・北朝鮮に対してはこの言葉と同じことが実行されました。
トランプ氏がこの本を読んだことがあるかは別として、この本を教科書として使っていたプーチン大統領は、懐かしく、そして嬉しく思ったのではないでしょうか。筆者自身、トランプ氏の発言を聞いてこの本を思い浮かべました。
バイデン政権誕生後はどうでしょうか。
北朝鮮との首脳会談を行っていません。ロシアのプーチン大統領については「人殺し」などと発言しました。アメリカと対等に話したいと願っている国の指導者を意に介さない態度。脅威を構成する要素から意志を除去しようとしていません。
時事通信からはこんな記事が出ています。「北朝鮮が新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を加速している。米政府高官は10日、北朝鮮が発射した2月27日と今月5日の弾道ミサイルを分析した結果、開発中のICBMシステムと関連した試射だったと明らかにした。日韓両政府も同様の発表を行い、足並みをそろえて北朝鮮を強く非難した。(④)」
バイデン政権になった途端これです。脅威を構成する要素から能力を排除できていないということです。
能力も意思も除去できていない状況で放置されているのは非常に危険です。
ロシアのプーチン大統領は過去に「ロシアが世界に存在しないとしたら、何のために世界が必要なんだ」という趣旨の発言をしています。北朝鮮の金委員長も北朝鮮版の同じ考えを持っています。
そもそもこんなことを言うのはとんでもないことです。しかし、こういう指導者の本気度を読み違えたところはもっと酷いです。
筆者は、バイデン政権ができたとき、アメリカ・北朝鮮間、もしくはロシア・ウクライナ間で戦争が起きると思っていました。
可能性が高いのはアメリカ・北朝鮮間の戦争。日本も関係してくる問題ということもあり、個人的に注目していました。今でも遅かれ早かれアメリカが武力で北朝鮮を攻撃すると思っています。
それに対してウクライナとロシアは兄弟国家であり、他国を攻撃できる核兵器を持った国・組織が関係する問題ですから戦争の可能性は非常に低いと思っていました。1994年のブダペスト覚書に基づき、特にアメリカが戦争にいたらないような対策を取ると思っていました。もちろん2014年に一度クリミア併合に係わる戦争まがいのことが起きていましたから、戦争の可能性はゼロではありませんでした。
トランプ氏の「今回のウクライナにおける危機的状況は私が大統領ならこれは起きなかった」(⑤)という発言についても、おそらくそうだろうなと思います。
トンデモ発言の多いトランプ大統領でしたが、ウクライナ情勢や北朝鮮情勢に関しては上手に立ち回っていたと思います。SNSの使い方も上手でした。
ロシアは秘密主義的なところがあり、特に日本はメディアからあまりロシアの情報が入ってきません。ロシア政府がどんな事を発信しているのか、この侵攻が始まるまでほとんど知られていなかったでしょう。しかし、これは良い面もあると思います。逆に西側を観てみると、政府はいろいろな情報を発信します。そしてロシアや中国で何かあれば、待ってましたとばかりにあることないこと言ったり書いたりし始めます。普遍主義を説いていながら、他国のやることに文句をつけて相手国への配慮の欠片も感じません。
トランプ氏はこういう所は心得ていたように思います。ツイッターでも会見でも、適当に受け流すところは受け流し、しっかりやるべきところはしっかりやる、という感じで。
だからこそプーチンロシアと仲良くやっていけたのでしょう。筆者の知り合いのロシア人も、オバマ氏やバイデン大統領とは対照的にトランプ氏が好きな人は結構多いです。
学校で仲間はずれにされた子がいたらどうしますか。校内放送で「A君は変な奴だからあの腐った根性をたたき直してやろう」なんて言わないですよね。こんなときは手を差し伸べてあげるべきです。個人を尊重し、話を聞いてあげるべきです。国も同じです。こんな小学生でも知っていることができないなんて、それで戦争が始まっただなんて残念でしょうがないです。仲の良い友達ができて嬉しくない人間なんていないんですから。
アメリカには優秀なロシア研究者、プーチン研究者がいます。ヨーロッパの国もそうです。心理学や人類学、その他のあらゆる学問における優秀な研究者がいます。バイデン政権が幅広い分野においてこういった人たちにしっかり話を聞いているのか疑問に思います。
対話をやめてしまったアメリカ。3月5日にブリンケン国務長官は「対話と外交の扉は開いている(⑥)」などと述べましたが、侵攻が始まる直前の2月23日、ブリンケン国務長官は「侵攻は始まっているとみている。このタイミングでの会談には意味がない」と発言し、外相会談を中止していました(⑦)。佐藤氏はこう言います。「外交では、相手が間違っているときや、関係が悪化したときこそ、積極的に会う努力をしなければいけません。ウクライナにおける戦闘の拡大を防ぐために、ブリンケン国務長官はいまからでもラブロフ外相と会談して、解決策を探るべきです。(⑧)」
トランプ氏の「私は21世紀の米国大統領で、任期中にロシアが他国に侵攻しなかった唯一の大統領だ」という発言。トランプ氏はやるべきことをしっかりやってこれを実現したと思います。バイデン政権のような多様性はなくても、十分に強力な外交チームを持っていました。さすが不動産王だけあって、本質を見抜く力や高い交渉力を持っていたなという印象を受けました。
■参考文献
①Hindustan Times "Trump says 'I stand as the only president of 21st century...' as Russia pounds on Ukraine"(2022年2月27日)
https://www.hindustantimes.com/world-news/trump-says-i-stand-as-the-only-president-of-21st-century-as-russia-pounds-on-ukraine-101645934147257.html
②佐藤優 『「情報読解」の私塾 赤版』(2019)徳間書店
③デール・カーネギー 『人を動かす』(2016)新潮社
④JIJI.COM 「北朝鮮、ICBM開発を加速 日米韓は新型システム試射と非難」(2022年3月12日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022031100869&g=int
⑤INSIDER "Trump, who was impeached for withholding nearly $400 million in military aid from Ukraine, said 'this deadly Ukraine situation would never have happened' if he were in office"(2022年2月25日)
https://www.businessinsider.com/trump-statement-ukraine-crisis-would-never-have-happened-if-president-2022-2
⑥TBS NEWS 「ブリンケン国務長官「外交の扉は開いている」制裁強化も示唆」(2022年3月5日)
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye6006056.html
⑦YAHOO! JAPAN ニュース「米国務長官「このタイミングで意味ない」米露外相会談中止を表明」(2022年2月23日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/9bd6df5fd924f5677ad851fe253d238cbb3080e9
⑧PRESIDENT Online 「佐藤優「もしもアメリカがトランプ大統領のままなら、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった」」(2022年3月2日)
https://president.jp/articles/-/55173?page=3