РОССИЙСКО-УКРАИНСКИЙ КРИЗИС (2021—2022)

      merkel

プーチン大統領は、首相・大統領として在任中、何人かの心を通わせた「リーダー仲間」を作りました。

その「仲間」の代表として上げられるのが元イタリア首相のベルルスコーニ、元フランス大統領サルコジ、元ドイツ首相のメルケル、そして元総理大臣の安倍です。トランプ元大統領もそうでしょうか。

どのくらい親密な関係だったかを見てみましょう。

■ベルルスコーニ
AFP通信が2015年に出した「プーチン氏とベルルスコーニ氏、1200万円のワイン開封疑惑(①)」という記事には「ウクライナ南部クリミアを訪問したロシアのウラジーミル・プーチン大統領とイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ元首相が、1本約10万ドル(約1200万円)相当の年代物のワインを飲んだとされる件で、ウクライナ検察当局は19日、犯罪の疑いで捜査に乗り出したことを明らかにした。」と書いてあります。何が問題だったのでしょうか。「ベルルスコーニ氏は今月私人としてクリミアを訪問した際、有名なマサンドラワイナリーで、1775年にスペイン南部ヘレスデラフロンテーラで生産されたワイン1本を、プーチン大統領とともに開封したと伝えられている。このワインは、19世紀前半にカフカス総督を務めたミハイル・ボロンツォフの収集品だった」。なんとウクライナのロシアへの編入後に、ウクライナの国家財産を、ロシアの大統領とイタリアの私人が飲んでしまったようです。とんでもないことですが、こんなことをするくらい仲が良かったのです。

■サルコジ
2014年のクリミア編入をめぐって欧米がロシアに対する経済制裁に踏み切る中、サルコジ氏(このときはもう大統領ではない)は、自身が所属する政党の議員によるクリミア半島訪問を実現しました。これはクリミア編入後における最初の西側からの訪問でした。プーチン大統領は、こういった行動をする人を評価します。プーチン大統領は、かつてロシアの原子力潜水艦沈没事故をめぐって自身をメディアで攻撃したロシアの新興財閥の一人ボリス・ベレゾフスキーに対し、「世界がどうかなんて関係ない。どうしてあなたは私の味方でいてくれないんだ」と言って非難したことがありました。困難な時に理解や友情を示す人を彼は信用するのです。

■メルケル
旧東ドイツの生まれです。1985年から1990年までプーチン氏は東ドイツのドレズデンに赴任していました。ですから2人は「東ドイツでの生活」という共通のトピックについて話が合うんです。プーチン大統領はドイツ語が話せます。これは有名なことです。一方のメルケル氏もロシア語を話すことができるんです。ですから専門的な内容でなければ、お互いに通訳なしでもドイツ語とロシア語を使って意思疎通を図ることができるのです。かつて犬が苦手なメルケル氏がロシアを訪問した際、プーチン大統領はわざわざ犬を連れて会談に臨みました。メルケル氏を怖がらせてロシアの言い分を呑ませようという作戦ではないか、ということを言う人もいましたが、これは2人の仲の良さの裏返しであるというふうに見ることもできるのではないでしょうか。

■安倍
総理大臣在任期間に、計27回プーチン氏との首脳会談を行いました。森元総理や柔道の山下泰裕氏、数年前は鈴木宗男議員らにも協力を仰いで、日露関係の改善に務めました(残念ながら今回のウクライナへの軍事介入に対する経済制裁の影響で、安倍・プーチン間で進展をみせた日露関係はゼロに戻ってしまいましたが)。「シンゾー」「ウラジーミル」とお互いを名前で呼び合う仲にもなりました(ロシアでは親しい人は愛称で呼びます。例えばプーチン氏の場合、「ウラジーミル」ではなく「ヴォローヂャ」など。日本でも親しい人はニックネームで呼びますよね。「しんぞう」ではなく「しんちゃん」とか。首脳同士の公的な場ですからお互いをファーストネームで呼び合うのでいいとは思うのですが、どのくらい親密かというとまだ中の下くらいかなと思いました。管・バイデン間はたしか「ジョー」「ヨシ」でしたよね。「ヨシヒデ」ではなく)。

■トランプ
プーチン大統領を何度も褒め称えていました。トランプ政権時代はウクライナ情勢の悪化はまずないだろうと誰もが考えたことと思います。「好き嫌いは別にして、我々は世界を統治していかなければならない」「(会議の)テーブルに着いてもらう必要がある(②)」と述べ、G8にロシアを呼び戻そうとするなど、ロシアの重要性を度々主張していました。それにもし彼がまだ大統領の地位にいれば、ロシアがウクライナを攻撃する前に、米軍派兵で強く牽制していたはずです。言葉でも軍事力でもロシアに攻撃させないあらゆる手段をとったに違いありません。



さて本題に入りますが、2007年に32回目を迎えた主要国首脳会議(現在G7)が、この年ロシアが議長国となってプーチン大統領の故郷サンクトペテルブルグで開催されました。
主要国の代表が集まって各々意見を述べ、各国の意見を最大限尊重し共同声明なり何なりを発表する、というのがこの会合の本来の趣旨です。
プーチン大統領はロシア大統領としてこの会議を主催できたことに喜びを感じていたようですが、一つ問題がありました。アメリカの意向が大きく反映された内容になったのです。平等な立場で意見を言うものと思っていたプーチン大統領は失望しました。プーチン大統領が改善しなければならないと常々思っていた「アメリカ一極時代」というものの力を再確認した(見せつけられた)出来事だったのでしょう。プーチン大統領の中では、「ロシアという国は「主要国」から必要とされていない」という結論に至りました
当時のブッシュ元大統領とは個人的に馬が合う部分もあり、今も関係を続けているプーチン氏ですが、その後のオバマ大統領との間にはシリア問題を筆頭にかなり大きな意見の相違と敵対心が目立ち、オバマ大統領退任までその溝は埋まりませんでした。オバマ時代には、プーチン大統領はG8の会合を欠席したこともあります。

2008年でプーチン大統領は一時大統領の座から降りて、首相になりました。後任を信頼するメドベージェフに任せて、自身は少し休憩をとったというところでしょうか。
その後プーチン氏は、しっかり今後の作戦を練って、4年後の2012年に再び大統領に戻ってきました。2012年は「2012年問題」などと呼ばれていて、主要各国のトップを選ぶ選挙が重なっていた年でした(ロシアと中国のみが唯一選挙前から次期トップが決まっているに等しい状態でした)。蓋を開けてみると、プーチン氏が大統領に復帰してから再び同じポストで会うことができたのは、上記の人物の中ではドイツのメルケル首相と日本の安倍首相だけでした。「敵国」ならオバマ大統領もいましたが。

2年後にクリミア編入作戦が始まります。日本は欧米に追従して経済制裁を発動しました。安倍首相はしばらくしてからプーチン氏に直に会って、日露関係に影響がでないように配慮したつもりだと伝え、日本の立場にも理解を求めました。その後も会談を続け、退任までに計27回も首脳会談をしたのでした。2020年に安倍首相は職を辞し、プーチン大統領の残る「仲間」はメルケル首相のみとなりました。一人また一人と、心を通わせた「仲間」がいなくなっていきます。そしてメルケル首相も2021年の終わり頃には首相を降りました。アメリカでは少し前にトランプ大統領が任期満了で退任しています。トランプ大統領もプーチン大統領と良い関係を築けた政治家です。

現在プーチン大統領が接している各国の首脳は、2000年代にはトップにいなかった政治家たちです。つまり特にプーチン政権前半(2000~2008)におけるプーチン大統領の考え方を直接聴き、行動に直接対処したリーダーはいなくなってしまったのです。今でも残っているのはオバマの亡霊バイデン大統領という「敵」のみです。そして親しい付き合いのないリーダーばかり。何かあればすぐに経済制裁を発動する人ばかりです。

プーチン大統領の考えは、最初から一貫しています。長い時間をかけてそれを実行しようとしているのです。独裁国家と民主主義国家のズレともいえるでしょうか、新しい価値観を求めないプーチン流の外交に付き合いきれないというのも事実でしょう。しかし、ロシアは存在しているんです。存在している以上対話をしないのはどう考えてもまずいことです。

筆者はやはりメルケル首相の退任が一番気になりました。というのもメルケル首相とプーチン大統領は上記のとおり、非常に馬が合う間柄でした。同時にメルケル首相はプーチン大統領に、良いことに対しても悪いことに対してもはっきりと、個人として国のリーダーとして考えを伝えられる人でした。何かあったときはメルケル首相がプーチン大統領を止めてくれるだろうという期待を筆者は抱いていました。しかし、いなくなってしまいました。
朝日新聞デジタルの2021年8月22日の記事ではこんなことが書いてあります。 「ドイツのメルケル首相が20日、モスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。今秋で引退を予定するメルケル氏にとって最後となる独ロ首脳会談だが、人権、民主主義、ウクライナ問題などで議論は平行線で終わった。欧米と亀裂を深める一方のロシアと16年間向き合ってきたメルケル氏が会談後の記者会見で最後に残した言葉は「対話以外の選択肢はない」だった。(③)」 常に対話を絶やさなかったメルケル首相らしい言葉だと思います。

ベルルスコーニ、サルコジ、安倍、トランプそしてメルケル、こういった人物が表舞台から姿を消したことが何らかの心理的影響をプーチン大統領に対して与えたのではないかと考えてしまいます。ちなみに他にも元アメリカ国務長官のキッシンジャーや元ドイツ首相のシュレーダーなど、プーチン大統領が良い個人的関係をもった政治家はいますが、すでに表舞台からは姿を消しています。

冷徹なKGB出身といえども、プーチン大統領も人間です。「考えが今の時代に合っていない」「プーチンは人殺しだ」と言い、かつ禄に話に取り合おうとしない今の他国のリーダーを見て、プーチン大統領はウクライナを獲ることにしたのかもしれません。ラブロフ外相が「ロシアはG8に固執しない(②)」と述べたのは、「G8に未来はない」とロシアが考えているからです(実際中国やインドなどが入っていない枠組みに将来性があるようには思えません)。ウクライナ問題をあきらめてまでG8に入って何かいいことはあるのでしょうか。ロシアが得るものは何もありません。

西側諸国とロシアは度々衝突してきました。意見の相違が小さかろうと大きかろうと常に対話によって解決策を見いだしてくべきで、それが外交です。各国のリーダーたちには、早急に対話の場を設け、ロシアの話に真剣に耳を傾けて欲しいところです。



■参考文献
①AFP 「プーチン氏とベルルスコーニ氏、1200万円のワイン開封疑惑」(2015年9月20日)
https://www.afpbb.com/articles/-/3060870

②日経ビジネス  「ロシアはもうG8復帰を望まない」(2018年6月22日)
https://business.nikkei.com/atcl/report/16/040400028/062000056/

③朝日新聞DIGITAL 「メルケル氏に花束贈るプーチン氏 最後の会談も平行線に」(2021年8月22日)
https://www.asahi.com/articles/ASP8P6Q3NP8PUHBI010.html