3/132022
カテゴリー:ウクライナ情勢
  ロシアとウクライナの代表団の間で3月3日に行われた2回目の停戦協議の中で、「人道回廊」の設置が決まりました。
「人道回廊」とは一般市民を避難させるために確保されたルートのことで、定められた時間は両軍とも戦闘を停止し、民間人を避難させなくてはなりません。
協議により、3月5日と6日にこれが行われることになりましたが、残念ながら戦闘が停止されず、住民が避難できないまま避難予定時間が終わってしまいました。7日も、戦闘は一時停止されたもの、別の理由によりまたしても避難ができませんでした。AFP通信は以下のように報じています。
「赤十字国際委員会(ICRC)は7日、ロシア軍が包囲したウクライナの都市マリウポリ(Mariupol)で、民間人を避難させる「人道回廊」とされた道路に地雷が埋設されていたため、人々が避難できなかったことを明らかにした。(①)」
他に、いくつものメディアでロシア側が地雷を設置したかのように受け取れるニュースが流れました(②)。
同じ日にロシアは、ウクライナの複数の都市に「人道回廊」の設置することを新たに提案しました。ロイター通信は以下のように報じています。
「 ロシアはウクライナの民間人を退避させる「人道回廊」を首都・キエフなど複数の都市に現地時間8日午前9時(日本時間午後4時)に設置することを提案、ウクライナに同意を求めた。ロシアの通信社が報じた。ただ、回廊の多くはロシアやベラルーシを経由地あるいは避難先としており、ウクライナ当局はこれまで、そのような避難経路を拒絶してきた。(③)」
結局この提案はウクライナ側からは拒絶されました。自国を攻撃している国とその同盟国が避難先となっているわけですから当然のことです。ただ、ベラルーシやロシアに避難するほうが、ポーランドなどの西側の国に避難するよりも距離が近く短い時間で行えますから、早く一般人に出て行ってもらってウクライナに総攻撃を仕掛けたいロシアにとってはそのほうがいいのです。
さて、今回の報道で疑問が残るのは、どのメディアもロシア側の気持ちを考慮していないところです。
ロシアが「人道回廊」に地雷を埋める必要はあるのでしょうか。もうすでにウクライナの民間人が多く命を落としてしまっていますが、プーチン大統領はウクライナ人を殲滅したいわけではありません。ウクライナという国家が武装解除し中立化すればいいだけの話です。民間人を規定の時間に避難させてから戦闘を再会することに異論はないはずです。むしろ、民間人がさっさといなくなってくれた方が気兼ねなく攻撃できる、といったところではないでしょうか。戦争とは政治家と軍人でやるものですから、民間人の死傷者を故意に増やすことにメリットはありません。「早く降参しないと民間人の犠牲者が増えるぞ」というロシアの脅しではないかという見方をする専門家もいますが、それなら「人道回廊」を設置する意味は最初からありません。
逆にウクライナからすればこれは一石二鳥です。民間人が国内に残ってくれたほうがロシア軍は攻撃しにくくなります。そして民間人の死傷者が増えることで国際社会からの同情を買い、反ロシア感情を世界に広めることができます。「ウクライナ政府が市民を「人間の盾」にしている」というロシア側の言い分を全否定するのはおかしいのではないでしょうか。
ウクライナもロシアも以前はソ連の一構成国でした。同じ国だったんです。ソ連解体後に独自に武器を製造したり海外から輸入したりということは多々あったとは思いますが、同じ国に属していたわけですから同じ武器も持っています。「人道回廊」に埋められていたのは、ロシアとウクライナのどちらが設置したものなのでしょうか。不思議なことに何の根拠も示されないまま、ほぼロシア軍の仕業とされてしまっています。
実は2014年にも似たようなことがありました。ウクライナ政府軍とロシア系住民との衝突の最中の2014年7月17日に、ウクライナ東部の紛争地域の上空でマレーシア航空の旅客機が撃墜された事件です。
ワシントンポスト紙は2014年7月18日の記事で「オバマ大統領は、アメリカの予備的結論に関する広範な報告を確認し、分離主義者の領土から発射された地対空ミサイルによって飛行機が「撃墜された」と述べた」と報じています(④)。つまり、ウクライナにいる親ロシア派がマレーシア機を故意に打ち落としたということです。
同じ7月18日のニュースサイト「クオーツ」の記事を見てみると、「ウォールストリートジャーナル紙は、アメリカの情報当局が旅客機が地対空ミサイルによって打ち落とされたことを確認したが、どこから発射されたかについては定かではない、と報じている」と書いてあります(⑤)。オバマ氏の言ったことは正しいのでしょうか。
ロシア側のメリットはなんでしょうか。紛争地のウクライナ上空を飛ぶ外国の旅客機を打ち落として得することがあったでしょうか。何もありません。このあと。当時のオバマ大統領は西側諸国にロシアへの経済制裁を強めるよう要求しました。ロシアの「国際社会」からの孤立です。
ウクライナ側のメリットは何でしょうか。「ロシアはウクライナ領内の親ロシア派勢力に武器を供与し、今回の事件を引き起こした。ロシア人は民間人を無差別に殺すとんでもないやつらだ」というアピールを世界に向けてすることができます。国際世論を味方につけることができるのです。
「事件」のあと、ロシアの軍人が数名、西側に拘束されたり容疑者として発表されたりしたのですが、そのうちの一人が「そもそもなぜ紛争が激化する地域の上空を民間機が飛行できるようにしていたんだ。ウクライナ政府に責任があるのではないか」という発言をしています。まさにその通りです。その3ヶ月ほど前にルガンスクとドネツクの2つの州は独立を宣言しているわけですが、このときウクライナは(ロシアも)これらの独立を承認していません。つまり、ウクライナ領土であるという認識です。ウクライナには、当該紛争地域が自国の領土であると言うのなら、紛争という状況に鑑みて民間機の飛行を禁止するという措置をとる必要があります。それをしていなかった責任についてはどうなっているんでしょうか(もしかして外国の民間機を「人間の盾」にしたんですか?親ロシア派が誤って撃墜するように仕向けたんですか?)。
親ロシア派が撃墜したという証拠はなく、ウクライナが飛行禁止空域の設定をしなかったということだけははっきりしています。それでも、ロシアが撃墜し、そしてその責任が100%ロシアにあるなどと言えるんでしょうか。
上で書いたとおり、ロシアとウクライナは旧ソ連の構成国でした。70年、同じものを共有してきた国です。今は兄弟国です。「ロシアが悪でウクライナは善」といった認識の人が日本を含む西側諸国では多くなっている現状があります。しかし、30年前までは同じ国だったんです。しかもソ連解体後から今日までの30年間全く異なる文化を形成してきたわけではなく、ご存じの通りロシア寄りの政権が国家を運営してきた時期もありました。むしろその30年間の半分以上をクチマ、ヤヌコーヴィチ、ポロシェンコなどの親ロシア派の大統領が指揮していたのです。つまり、内実ロシアとほとんど変わらないということです。覚えておかなければならないことは、ロシアのやることはウクライナもやる可能性があるということです。ロシアの残虐性にばかり目が行きがちですが、ウクライナも残虐な行為をやる可能性が十分にあります。それを考慮した上で状況を分析しないといけません。確たる証拠がないのなら断定すべきではありません。
ロシアではかつてチェチェン紛争がありました。第二次チェチェン紛争は、FSB(ロシア連邦保安庁)がイスラム過激派の仕業に見せかけてロシア人を殺し、国民感情を利用して仇討ちの名の下に引き起こしたものだと言われています。本来自国民を守るはずの組織が、自国民を無差別に殺したのです。
今回、「ウクライナが自国民を「人間の盾」として利用した」ということがあり得るでしょうか。筆者は十分あり得ると思います。
■参考文献
①AFP 「ウクライナの人道回廊に地雷 赤十字が指摘」(2022年3月8日)
https://www.afpbb.com/articles/-/3393809
③REUTERS 「ロシア、人道回廊設置を再び提案 ウクライナに同意求める=報道」(2022年3月8日)
https://jp.reuters.com/article/russia-humanitarian-corridors-reports-idJPKBN2L500B
②YAHOO!JAPAN ニュース 「「人道回廊」に地雷…プーチンが狙う「ウクライナ無差別殲滅」作戦」(2022年3月9日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7334fa552b5e8d9ae39b9d64d8bfefb982d1976e
④The Washington Post "Obama says Malaysian plane shot down by missile from rebel-held part of Ukraine"(2014年7月18日)
https://www.washingtonpost.com/world/missile-downs-malaysia-airlines-plane-over-ukraine-killing-298-kiev-blames-rebels/2014/07/18/d30205c8-0e4a-11e4-8c9a-923ecc0c7d23_story.html
⑤QUARTZ "A Malaysian Airlines flight has crashed in war-torn Ukraine due to missile attack"(2014年7月18日)
https://qz.com/236434/a-malaysian-airlines-flight-has-crashed-in-war-torn-ukraine-reportedly-due-to-missile-attack/