Российско-украинский кризис (2021—2022)

      

 まず最初に、1999年のコソボ紛争に係わるセルビアでの出来事を確認しましょう。
1998年、ユーゴスラビア連邦内のセルビア共和国で、アルバニア人が人口の90%を占めるコソボ自治州が独立を要求しました。アルバニア人は、セルビア共和国内のコソボ自治州において自治権を持っており、彼ら自身の慣習に従って生活すること認められていました。しかし89年にセルビア共和国が憲法を改正したため、コソボはその自治権を奪われることになりました。つまりセルビア流に生きることを要求されたわけです。アルバニア人は自治権を取り戻すために奔走しました。91年にコソボは住民投票を実施し、「コソボ共和国」として独立を宣言しました。しかし、セルビア側はこれを認めませんでした。教育や文化、芸術など様々な面でアルバニア人の本来の姿が無視されました。例えばアルバニア人地域ではアルバニア語での学校教育が認められていましたが、憲法改正後はセルビア語で教育を行わなければならなくなりました。仕事も影響を受けました。セルビア語が話せない人は公務員にはなれませんし、会社の重役も辞めなければなりません。もっと下の役職の人も業務に支障が出るようであれば、セルビア語が話せる他の誰かに取って代えられました。コソボ側はセルビアのミロシェビッチ大統領と交渉しましたが、上手くいかず、コソボ解放軍はコソボの独立を目指してセルビア側との対立を激化させていきました。セルビアは治安部隊を投入し、長期間の戦闘(コソボ紛争)に発展しました。
翌1999年には、NATO(北大西洋条約機構)がアルバニア人の保護を口実として人道的介入を行い、セルビアに空爆を行いました。空爆は78日間続き、セルビアは降伏しました。コソボの独立は114カ国に承認され、コソボ共和国は現在EUのメンバーにもなっています。ロシアやセルビアはこの独立を承認していません。

 次に今回のウクライナでの出来事の概要を見てみましょう。
ウクライナには600万人のロシア系住民(かつて強制的にウクライナに組込まれてしまった、元ロシア領の住民の子孫)がいます。多くが東部のドンバス地域に住み、ロシア語を話しています。ソ連時代の公用語がロシア語だったため、彼らは母語のロシア語を話します(ウクライナ語は話せません)。
一方、ウクライナに住むウクライナ人たちはウクライナ語が話せます。ソ連時代の公用語はロシア語でしたが、家庭や非公式な場ではウクライナ語を話していました。ですから彼らはウクライナ語とロシア語の2カ国語を話せるのです。
ソ連が始まった1922年から2014年までは、91年にソ連が崩壊したにもかかわらず、ロシア語が公用語とされていました。しかし2014年に、ウクライナ政府はウクライナの公用語をウクライナ語に変更しました。
ウクライナは新欧米派の政権が2014に誕生してから、欧米に近づくためにロシアと距離を置こうとしていました。その一つの政策が公用語の変更でした。600万人のロシア系住民(ウクライナ語が話せない人たい)がいるにもかかわらず、ウクライナ語が公用語に定められました。学校も職場も含め、公的な場ではウクライナ語しか使用できなくなったのです。公務員は辞めなければならず、一般の会社でも幹部クラスはウクライナ語話者しかなれません。仕事に支障が出ればロシア語が話せる別の人が代わりに入ります。ロシア系住民は人権と意見を軽視され、居場所を失い、ロシアのプーチン大統領に助けを求めました。ウクライナのロシア系住民は、住民投票を行い、その結果独立を宣言しました。しかし、ウクライナ側はこれを認めず、2014年にウクライナ軍とロシア系住民との間で戦闘が始まりました。今年2022年のロシアによる人道目的の介入までの8年間でロシア系住民は5000人が死亡し、8000人がケガをし、1600人が何らかの身体障害を煩うことになりました。ロシアはこれをウクライナによるジェノサイド(大量虐殺)と断定して介入に至ったわけです。
2014年には東部地域以外にも南部のクリミア半島で、クリミア共和国が独立を宣言しています。クリミアは、人口の60%近くをロシア人が占め、ウクライナ人の人口はその半分くらいでした。ウクライナで新欧米派の政権が誕生したとき、新政権の言うことは聞きたくないということで、ロシアに編入を求めました。住民投票で賛成多数となったことでロシアがこの編入を認め、ロシア領クリミア連邦管区となりました。

 どうでしょうか。セルビアでの出来事とウクライナでの出来事は酷似していると思いませんか。

 1999年のセルビアの例では、虐げられていたアルバニア人が住民投票後に独立を宣言し、NATOは人道的介入でアルバニア人を支援してセルビアを叩き、彼らの独立を承認しました。ロシアやセルビアは非難しました。

 2021年のウクライナの例では、虐げられていたロシア系住民が住民投票後に独立を宣言し、ロシアが人道的介入でロシア系住民を支援してウクライナを叩き、彼らの独立を承認しました。NATOやウクライナはこれを非難し、制裁も行いました。


 今回NATOは、虐げられていたロシア系住民の保護には関心が無かったようです。一方でロシアが保護に動きました。するとなぜかNATOはこの動きに賛同せず、ロシア系住民を弾圧しているウクライナ政府を手放しで支持したのです。セルビア空爆が本当に人道的介入だったのであれば、今回ロシアに賛同しないのはおかしいと言わざるを得ません。
ロシア側の主張するロシア系住民の被害者数は、ロシアが勝手に言っているわけではなく、OSCE(欧州安全保障協力機構)というウクライナ東部地域の情勢の監視を行っている組織(アメリカ、ドイツ、フランスなども加盟している組織)が発表したものです。ジェノサイドと言っても過言ではありません。

 ホワイトハウスもNATOも、ロシアのウクライナへの介入の理由に関して、ロシアが領土拡張を狙っていると主張しています。しかし、ロシア(プーチン大統領)は領土拡張を狙っているわけではありません。資源がないウクライナ東部地域を編入してもロシアの負担が増えるだけで経済的メリットはありません。プーチン大統領はウクライナのロシア系住民に求められて保護に乗り出したのです。なぜならロシア系住民を保護しなければ「同胞を見捨てた大統領」としてのレッテルをロシア国民から貼られてしまうからです。西側から常に圧力をかけられて特に経済が上手いかないロシアで、国民は次のことだけは信じているのです。 「どんなことがあろうとも、どんな手段を使おうとも、プーチンは命がけでロシア国民の生命だけは守ってくれる」  ですからプーチン大統領には彼らを助けないという選択肢はないのです

 仮に今回のロシアによる侵攻が内政干渉として非難されるのなら、99年のセルビア空爆も内政干渉として非難されるべきです。99年にロシアはNATOを非難しましたが、聞き入れられませんでした。
なぜロシアが同じ事を行うのはだめなのでしょうか。

 そもそも、特定の国への軍事行動は、国連憲章第7章第42条の規定に基づいて、国連の安保理で5つの常任理事国全てが承認した場合のみ行えるのです。なるほど、今回のロシアの軍事行動は国連安保理の決議を得ていないわけですから、国連憲章に違反しています。しかし99年のセルビア空爆はどうでしょうか。内政干渉であり、かつ軍事介入後のセルビアの諸状況の処理が難しい(例えばアメリカとロシアで意見が一致しない)ということで、常任理事国のロシアは軍事行動には消極的な姿勢を見せており、決議で拒否権を発動する可能性がありました。そこでNATOは安保理の決議に諮らずに空爆を実行しました。こちらも国連憲章に違反しています。
ロシアの介入を許さないのは、それが西側の利益に即していないからというのが大きな理由でしょう。ロシアもそうですが、西側諸国はなんて自分本位なのでしょう。

 さて、こうして見てみると、プーチン大統領はNATOの手口を見事に真似していることがわかります。筆者がNATOの真似という点でもうひとつ気になっているのは「78日」という日数です。これはNATOがセルビアを空爆した日数です。そしてこれはロシアが西側諸国に軽んじられていることを実感させられ、かつ西側諸国の力をまざまざと見せつけられた時間です。99年当時のプーチン氏は、まだロシアの安全保障会議書記でした。自身に権力がなかった時代にこれを経験したプーチン氏。西側の指揮者の見立て通りに権力を持ったプーチン大統領が仮に個人的復讐を今回の介入に見いだそうとしているのであれば、ロシアによる攻撃は78日は続くとも考えられます。ウクライナの制圧が短期間で済むなら、いろいろなコストがかからなくてすむという利点はあります。専門家でもロシアは短期決戦を想定しているという人はいます。しかし、自身が味わった屈辱を西側諸国にも味わわせてやろうと考えている可能性もありますから、その場合はあえて長期戦争を選択しているということになります。

 実際、大量の徴兵された兵士を陸路で国境から投入していますから、短期決戦を想定しているなら経験のある兵士を投入するべきで、これと矛盾します。
ロシアは介入の初期段階で、既に空挺師団を使ってウクライナの生活・軍事インフラをいくつも占拠または破壊しています。橋が壊されればウクライナ軍が中心部から外に向かって防衛戦を張るために移動することができませんし、原発など発電施設が占拠されれば自由に明かりも暖房も使えなくなります。パイプラインが破壊されればエネルギーの供給はできなくなります。あの調子であっという間に制圧ということも可能だったはずです。ところが作戦が進まなかったのか進めなかったのか、勢いが全くなくなってしまいました。

 クルツィオ・マラパルテの『クーデターの技術』(①)では「我々の三つの主要戦闘部隊である海軍、労働者、軍隊内細胞を結合し、まず最初に電信・電話、駅、橋を占拠し、どんな犠牲をはらっても、これらを守り抜かねばならない。また、労働者、水兵から不屈の意志を持つ者を選び出し、分隊を構成しなけらばならない。この分隊には、重要地点を占拠し、決定的な作戦に参加する任務が課せられる。さらに小銃と手榴弾で武装した労働者班を組織しなければならない。この班は敵陣、すなわち士官学校、中央電信電話局に進軍し、これらを包囲する。ロシア革命、否、同時に世界革命の成否は、まさに、この二、三日の戦闘によって決せられることになるだろう。」というロシア革命の際のレーニンの言葉を紹介しています。つまり、侵攻開始からわずかな日数でインフラを占拠したロシア軍はレーニンの戦略と同じ動きをしているのです。

 これに対してトロツキーの言葉も紹介されています。「おっしゃることは、全て正しいが、あまりにも込み入っている。作戦計画としては規模が大きすぎるし、、戦術としても、あまりにも色々な領域、多様な人々を対象としすぎている。こうなっては、もう蜂起というより、戦争としか言いようがないだろう。 (中略) 二万人では多すぎて、かえって役に立たない。襲撃を起こすための人員としては多すぎる。戦略から、戦術を導きだし、限られた分野で、わずかな人々と行動を開始し、この力を主要な対象に集中し、狙った対象は正確に、しかも持続的に攻撃することだろう。これはさほど難しいことではない。一見危険に思える仕事は、きわめて簡単だというのが世の中の常なのだから。勝利を得るためには、困難に状況に絶望してはならないし、そうかと言って、有利な立場に甘えるのもまずい。的の腹を打つように、音を立てずに、しかも敵の息の根を止めるような攻撃を展開しなければならない」 ロシアが派遣した大量の徴兵の兵士や60km以上もの渋滞を作った投入された軍用車両は、どう見ても多すぎで、役に立っていません。これは襲撃を起こすための人員ではない、つまり本当の目的を達成するための囮と考えられます。そもそも、燃料がなくなり戦車が長らく立ち往生したなどというのはおかしな話です。ロシアはエネルギー資源大国です。単体ならどの国よりも軍事では有利なはずです。戦車を動かせないはずはないんです。

 とにかく、役に立たない兵士を投入したり、軍用車両を非効率的に使ったりするのは短期決戦を想定する戦い方ではありません。つまり最初から明確な目標のために長期戦を見据えているということです。
そして停戦交渉(ふつう交渉協議中は停戦する)の間も攻撃をすることで、あたかもロシアが焦り、攻め急いでいるかのような印象を与えようとしているようにも見えます。
 戦争を長引かせることのメリットは、プーチン大統領の個人的な復讐、そして中立の立場を取る指導者の出現を待つこと(こちらを参照) 以外に何かあるのでしょうか。

 ロシアによる攻撃が激しくなるにつれて、そして戦争が長引くにつれて、多くの国からの人、モノ、カネの支援が増えていきます。「多額の支援」で思い出すのは、タリバンによる侵攻時に多額の現金を持って真っ先に国外に逃亡したアフガニスタンのガニ大統領です。2021年の8月にイスラム武装勢力タリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧したとき、ガニ大統領は、以前から汚職撲滅や行政機能の正常化、政争の解消などのためにアメリカから受けていた巨額の支援の一部(一部と言っても車4台に入りきらないくらいの現金)を持って逃げてしまいました。もしかしてロシアはウクライナにこれをしてほしいのではないでしょうか。外国から送られた支援物資とお金を持ってウクライナはロシアに白旗を振り、それをもらってロシアは、戦争とそれに対する経済制裁で失った分の武器やお金を補填し、あわよくば西側の最新兵器をロシアの古い兵器と取り替える、そんなことを思っていたりするのでしょうか。あくまで妄想の域ですが。もしこうなると、アメリカは2度も同じ失敗をしたことになります。それもバイデン政権の間に。彼の支持率は落ち、2024年にまたロシアの大好きなトランプ政権が復活するということも考えられます。
ウクライナがそんなことをすれば、もうウクライナ国民が何と言おうともロシアとの関係を深めていくという道しかなくなります。困難の中にあって逃げずにロシアに立ち向かうゼレンスキーがロシアにそんなことをするとは思えません。しかし、彼は俳優なので...上手く演技をしているのかもしれません。

 戦争を長引かせるメリットにも関係しますが、もしロシアがセルビアの件を真似て78日間攻撃を行った場合、その先に何があるのでしょうか。

2月20日からロシアによるウクライナへのサイバー攻撃件数が増加しています。サイバー攻撃や制裁などの手段を用いて敵国の経済を弱らせてから実際の物理的な攻撃を行うのが近年の戦争の常套手段ですから、2月20日から戦争が始まったと考えて計算します。2月は28日まで残り8日。3月は31日間、4月は30日間、5月は9日までとしてこれを全て足すと、ちょうど78日です。NATO空爆と同じ日数です。 5月9日は何の日でしょうか。ロシアの「対独戦勝記念日」です。かつて「スターリン率いるソ連がヒトラーのナチスドイツを打ち破って世界を救った日」です。
いま、プーチン大統領は、ゼレンスキーをはじめとするウクライナ指導部を「ネオナチ」(ナチスの復興を望む社会的・政治的運動)の信奉者と呼んでいます。ウクライナのネオナチを倒せば、「プーチン率いるロシアがネオナチを倒して世界を救った日」ということで、5月9日は一層輝かしい日になるのです

 逆に言うと、5月9日の対独戦勝記念日の軍事パレードをするときまでに(ロシアの勝利で)戦争が終わっていなければ、ネオナチと戦いながらもう一方で「我々はかつてナチスを滅ぼした」とお祝いをすることになりますから格好がつきません。「今もナチスがいるじゃないか!」と突っ込まれてしまいます。ですから、何らかの形でこの日までに決着をつけると考えられます。あまり戦争が長引き、決着の見通しがつかない場合、何が何でもこの日に間に合わせようとして、ロシアは生物兵器・ウイルス兵器を使用するかもしれません。例えばサリンの使用が考えられます。その理由は、2017年のシリア内戦の際に、ロシアが支援するシリアのアサド政権によってサリンが使われたと言われているからです。しかし、シリア政府が使ったからロシア政府も使うだろうということではなく、西側が使ったからロシアがそれを真似をして使うだろうということです。「西側が使ったのだからロシアも使って文句はないだろう?」というふうに。

 2018年6月14日のBBCニュースの記事(②)では、「科学兵器禁止機関(OPCW)は13日、シリアで昨年3月に反政府勢力が支配する地域が攻撃された際に、神経剤サリンと塩素ガスが使用された可能性が非常に高いとする調査結果を発表した。」と報じられています。同じ記事では「誰が使用したのかについては任務の範囲外のため、OPCWは判断を避けた」とも書かれています。
どこかで見たパターンです。2014年のウクライナ上空におけるマレーシア機撃墜事件、そして2022年のウクライナの人道回廊への地雷埋設、これらと同じです。このときロシア側にこのようなことをするメリットは一切なく、むしろ反ロシア感情の増大や、対ロシア制裁の強化というデメリットしかありませんでした。そしてなにより、ロシアがしたという証拠は一切出てきませんでした。にもかかわらず、西側諸国は専門の国際的な調査機関の発表すら待たずにロシアの仕業と断定しました
シリアの場合も、例えばこのOPCWの発表も待たずに(そしてアサド政権は、自分たちではなく反政府軍が使用したと主張していたのに)、西側諸国はアサド政権によるサリン使用と結論づけました。そして米英仏はシリアに攻撃を仕掛けました。米CNN(③)も「米軍のシリア攻撃、「政権軍がサリン使用」の確証はなし」との見出しで記事を出しています。

 どのような兵器が使用されるかは定かではありませんが、とにかく5月9日というタイムリミットに近づくにつれて何かしらの大きな攻撃の可能性が高まってきます。

 「プーチンは変わってしまった」「プーチンは精神に異常をきたしている」などと片付けることは極めて危険です。必ず歴史のいずれかの時点に、この戦争で起こる全ての出来事の原因があります。筆者は1999年のセルビアでの一件が今回の行動を紐解く鍵になると思っています。
ホワイトハウスやNATOは、過去に自分たちが犯した罪・やってきたことについて、振り返って考えてみるべきです。そしてプーチン大統領という人間をしっかり研究するべきです。プーチンロシアの次なる一手はそうすることで防げるかもしれません。



■参考文献
①クルツィオ・マラパルテ 『クーデターの技術』(2015) 中央公論新社

②BBC NEWS 「シリア内戦でサリンが使用された可能性、化学兵器禁止機関が報告」(2018年6月14日)
https://www.bbc.com/japanese/44478134

③CNN.co.jp 「米軍のシリア攻撃、「政権軍がサリン使用」の確証はなし」(2018年4月18日)
https://www.cnn.co.jp/world/35117947.html