プーチン vs ナヴァーリヌィ
10/62021
カテゴリー:筆者の体験
みなさんもご存じの通り、ロシアでは近年、反プーチン・反政府デモが大きくなってきてきています。反体制派のアレクセイ・ナヴァーリヌィは10年以上前から反プーチン・反政府を掲げて活動をしていました。10年前の2010年頃は、全くと言っていいほど抗議活動に参加する人が増えない状態でしたが、2015年ころから参加者が目に見えて増え始めました。7年前はプーチン大統領ファンの筆者に握手を求めてくるロシア人が結構いたのですが、最近は反プーチン派にしか会いません。タクシーに乗ってもバーに行っても四面楚歌です。タクシーのドライバーには一度物凄い剣幕で詰め寄られたことがあります。「降りろ」と言われるかと思いました。
反政府デモの規模が大きくなった理由としては、ナヴァーリヌィの陣営がSNS、特にYouTubeを活用し、一般市民にもわかりやすい言葉と視覚情報で政府の不正や汚職を告発していることが挙げられます。
逆にこれまで抗議活動が大きくならなかった理由としては、SNS等が駆使されておらず情報が国民の目に届きにくかったという事実もありますが、ロシア国民の中にある「絶対的権力者への全幅の信頼」(詳細については「ロシア人が誇りとするもの」をご一読ください)というものが挙げられます。一般人が政治に関わるべきではないという考えや、大統領(ロシアの大統領はアメリカの大統領とも異なり、皇帝[ツァーリ]の力を受け継ぐ者とされ、法の上の存在とみなされてきた)への畏敬の念などから、これまで政府や大統領に対するあからさまな敵意は、あっても内に秘められていました。これはロシア連邦に留まる話ではなく、旧ソ連の多くの国で見られる傾向でした。
しかし、2000年代に入って、2003年(グルジア)、2004年(ウクライナ)、2005年(キルギス)と立て続けに旧ソ連圏でカラー革命が起こりました。(この前と後にも東欧や中東で似たような革命の動きがありました。これは従来の独裁的な政権を倒し、民主的な政権を誕生させる革命です。選挙で独裁者が所属する与党が勝つと、市民が抗議活動を起こし、選挙のやり直しを求め、再選挙の結果民主派が勝利するというシナリオです。)グルジアではシュワルナゼ大統領が権力の座から降りてサアカシュヴィリが大統領の座につき、キルギスではアカエフが辞職してバキエフが大統領となりました。ウクライナではヤヌコーヴィチが破れてユシチェンコが大統領になりました。しかしウクライナではアメリカが石油利権などをめぐり手を貸したのではないかという話しが持ち上がり、ウクライナ人の間でも革命の結果に懐疑的な人が多く見られました。いずれもロシアの政権と良好な関係を築いていた国のトップが西欧寄りの人物になり、ロシアとしては緩衝地帯を失う結果となりました。どうやらCIAやその他の西側の機関が(表面上)民主化のために工作活動を行ったようです。
このような、絶対的権力者と目されていた大統領たちを引きずり下ろすことになった運動が、ロシアに波及するのではないかという危機感がプーチン体制側にはありました。ナヴァーリヌィは2012年にアメリカに渡りイェール大学で学びました。おそらくそこでも西側機関からの接触があったのではないでしょうか。そのころから反政府活動の手法が変わり、右肩上がりに支持者を獲得していきました。汚職や不正の一掃、国民が政治に関心をもつこと、開かれたロシアを作ることなど、ナヴァーリヌィの声は着実に国民に届き始めているように思えました。しかし、横領や脱税などを理由に被選挙権を取り上げられたり、毒を盛られたりし、ついには豚箱行きとなってしまいました。現在も陣営がインスタグラムなどを通じて国民にナヴァーリヌィの声を届けてはいますが、下火になってきている感じがあります。「やはりだめだったか」「当然の成り行きだ」という見方が大半です。ロシアの希望の星だと思って応援していた筆者の友人もたくさんいました。彼らには改めてこの件について聞いてみたいと思います。
実はプーチン大統領とナヴァーリヌィには共通点があります。それは二人とも反汚職・反不正の立場を取っていたということです。ナヴァーリヌィについては再三述べていますが、プーチン大統領も大統領になる前に同じことを言っていたのです。現実を見てみれば、20年経った今もそれが一掃されていないということがわかります。では仮にナヴァーリヌィが大統領になった場合、悪事はなくなるでしょうか。筆者はなくならないと考えます。なぜなら、汚職や不正はプーチン大統領に特有のものではなく、ロシア人にとって当たり前のことであり、プーチン大統領はそのロシア人のうちの一人でしかないからです。反政府デモに参加し現政権を糾弾しているロシア人たちが普段どんなことをしているかご存じですか。借りた金は返さず、約束は守らず、責任は取らず、仕事場からは金を盗み、治安機関の目を盗んでクスリを売り、法律を盾とし弱者・マイノリティーへの暴力・誹謗中傷を行っています。ロシアでは法律がないも同然です。法ニヒリズム的な文化があり、そして誰もが法の抜け穴を探し、また法を都合よく利用しようと躍起になっています。
ナヴァーリヌィがプーチン大統領を引きずり下ろそうとこれ以上何かすれば、待っているのは死でしょう(「段階的警告」をご一読ください)。それにもし仮に何らかの方法で彼が政権を取ったとしても、外交交渉で行き詰まる可能性が高いです。ロシアが何か責任を負ったり、提供したりする際に国内企業や団体が協力しないからです。いま、プーチン大統領とその「お友達」を中心とするネットワークがロシア国家を牛耳っています。彼らはプーチン大統領(と旧KGBの結束の固い同胞とオリガルヒ)の影響下で地位と富を手に入れました。プーチン大統領とともに成長してきました。死ぬときは一緒です。ですから死なないように協力し合っているのです。それにそんな彼らでさえもっと大きな「ロシアンネットワーク」に囲まれているのです。これは特にエリツィンが暗躍して力を得た反プーチン派のオリガルヒ包囲網です。プーチン大統領とお友達を引きずり下ろしてトップだけすげ替えればいい話ではありません。ロシアに関係する国外の企業もその恩恵を受けていますから、反プーチンの人間と協力はしないでしょう。彼らの持つパラミリタリー(ロシアでは特にオリガルヒの大企業が、他国で工作活動ができるレベルに洗練されている民間の順軍事組織を従えている)が「消しに」かかってくるかもしれません。石油や天然ガス、金属、コンクリートをはじめあらゆるモノがプーチン大統領に近い人物の手にあります。彼らの協力なくしては、公共事業をしようにもできません。仮に彼らの協力を取り付けられる方法があるとすれば、それはいまと同じようにうまい汁を吸わせることです。ですから不正と汚職を黙認して、ネットワークを維持し続けるしかありません。そうしなければロシアは止まります。
ナヴァーリヌィは抗議活動で頭角を表す前まで、ナショナリズムの信奉者でした。ロシアには200以上の民族が暮らしています。中でも特に差別をされているのはチェチェン人をはじめとするイスラム教系の、地理的に言うと「カフカース」という南西の地域に住んでいる人たちです。ナヴァーリヌィは以前「カフカスを養うな」というよくあるロシアの民族主義者のスローガンを掲げていました。あまりにも過激な発言をしていたために所属していた党を除名になった過去もあります。西側のメディアはいつも明るい面のみを照らし出します。しかしナヴァーリヌィには危険な面があるのも事実です。
筆者の友人は反プーチン・親ナヴァーリヌィの立場を取る人が多いですが、何人かは反プーチン(・反ナヴァーリヌィ)の立場の人もいます。彼らは民族主義的な考えに反対しています。この点はプーチン大統領(民族主義を非難している)の方が良いです。ナヴァーリヌィには明確な将来像がありません。ただプーチン政権に批判的な人の支持を集めているにすぎません。これがどういう未来を辿るがソ連末期を思い出せば予想がつきます。
筆者はいつもロシア人と話すときに「プーチンがベストではないが、それでもいつもプーチンがベターだ」と言っています。賢さと強力な力(情報機関を動かせる力)を持っている彼にしか、ロシアを治めて安定させることはできないと思っています。それはロシアンネットワークの中で上手く立ち回るのに必要な知識・能力をプーチン大統領なら持っているからです。そして東ドイツ赴任中にあっという間に祖国がなくなったという経験から、自国の消滅だけは招かないように注意して国家運営をすることができるからです。