Цитаты из книг

 
    「ロシアは約束を破るために約束をする」こう述べるのはウクライナ出身のグレンコ・アンドリー氏です。みなさん知ってのとおり、ウクライナはロシアとの関係が悪く、国民も結構お互いに毛嫌いしています。この言葉が登場する『プーチン幻想』という本は、アンドリー氏がロシアを嫌いすぎるが故に少し偏った内容になってしまっていますが、面白いことも書いてあります。

    さて、ロシアは約束を守る国ではありません。
    ロシア人と接したことがある人は経験があると思いますが、個人レベルでのロシア人の物忘れは尋常じゃないです。例えば「あした2時に家に行くよ」と言った友人が翌日4時になっても5時になっても来ないのです。また(一般的に体を鍛えることはある意味ロシア人男性の義務ですが)「筋トレなんかやる意味がない。やめたほうがい」と言っていた友人がしばらくしてから「やあ、ダンベルを買ったんだ!筋トレを頑張ろうと思う!」と写真付きでメッセージを送ってくるのです。「昨日さ、来るって約束したよな。来られないならメッセージくらい書いてくれや」とか「筋トレする意味なんてないって言ってたよな」というと、決まって「え?そんなこと言ったっけ??」と返ってくるのです。一度ではありません。こういうことは何度もあるというか日常茶飯事なのです。ですから(関係ない話ですが)ロシアでは予定が立てにくいです。友人同士の集まりも突発的に決まって、今日急に大勢が家に来るということも珍しくありません(おそらくその中には他の誰かとの予定をすっぽかしている奴がいることでしょう)。ちなみにロシアの友人によると物忘れの原因は「たくさんのことを常に考えているから」か「なぜかわからない」だそうです。
    アンドリー氏はロシア国家に関して、日本に警鐘を鳴らしています。国家(外交)レベルで約束が守られないと。
    普通、国家は他国から何かを指摘されても「そんなこと言いましたっけ?」とは返してこないでしょう(基本的に記録が残っていますから)。しかし、認識や解釈が違うと突っぱねてきたり、(ロシアに特徴的ですが)過去に遡って言い訳を探してきたりするというパターンは想定できるでしょう。
    アンドリー氏は、日本はロシアにとって潜在的な敵国であると書いています。日本人はあまり意識したことはないと思いますが、学校での反日教育はロシアでも行われています(筆者も確認済みです)。現時点でロシアがあからさまな敵対心を見せていないのは、敵国としての優先度が高くないからだと言います。最大の敵であるアメリカや西欧諸国、また西欧諸国の仲間になった旧ソ連圏の国に比べると日本の敵国としての重要度は低いということです(ちなみに北野幸伯氏によれば、中国がロシアにとって仮想敵国No.2だそうです)。しかしその重要度が増したときにロシア国民が現在の韓国や中国の反日の人たちのようになることは十分にあり得ます。理由は反日教育によって「反日の種」はすでに撒かれているからです。
    ロシアにとって反日教育は欠かせません。第二次世界大戦におけるいわゆる「東部戦線」のことをロシアでは別名「ヴェリーカヤ・アチーチェストヴェンナヤ・ヴァイナー」(大祖国戦争)と言います。ソ連や現在のロシアが国家の正当性を主張するとき、その根幹をなすのがこの大祖国戦争での勝利です。「ナチスの脅威から世界を救った」と。そしてヨーロッパにおける全体主義に味方し、協力していたのは日本の軍国主義です。ですから反日教育はナチスドイツとともに、現在もロシアの正当性主張のための道具となっているわけです。

      北方領土問題に関して、プーチン大統領やペスコフ報道官、ラブロフ外相などは度々「第二次世界大戦の結果」という言葉を口にします。これを「北方領土は、第二次世界大戦の結果、連合国側の取り決めによってロシアが正式に手に入れたものだ」という意味で解釈している人が多いと思います。しかし、それだけではありません。ロシアは、第二次世界大戦の結果できあがった新たな国際秩序に関しても述べているつもりなのです。アンドリー氏が書いているように、日本はこの新たな国際秩序の中では「敗戦国」なのです。それも永遠の。「永遠の敗戦国」である日本はロシアと対等でしょうか。近年の北朝鮮は「日本など交渉相手ではない。眼中にない。我々の交渉相手は超大国アメリカだ!」といった感じの態度をとっています。筆者はロシアもこんな感じだろうと思っています。日本は対等な交渉相手ではないんです。小泉悠氏は「主権とは自由の問題であり、各人、各民族、各国家が自らの運命を自由に決せるということ」というプーチン大統領の発言を紹介しています。また「プーチン大統領が主権を持つ国として挙げたのは、インドと中国である(アメリカとロシアが主権国家であることは当然のこととして)」「他国に依存せず、「自由」=自己決定権を自らの力で保持できる国だけがプーチン大統領の言う主権国家なのである」とも書いています。ヨーロッパ諸国は含まれません。NATOに入っているからです。イギリスはEUを脱退してもNATOには入ったままです。アメリカはNATO加盟国ですがいつも勝手に行動します。ロシアは外国の軍の基地がある国を属国と考えていますから、米軍のある日本は対等ではありません。日本はそもそも約束をする必要のある相手とは考えられていないのです。
    アンドリー氏の「約束を破るために約束をする」というのは半分合っていて半分違うと思っています。「約束を守る、守らない」の話をしているのは日本だけでロシアはそもそもそういう類いの問題だとは思っていないのです。日米同盟の盟主はアメリカです。日本はアメリカに従うしかありません。日露で何か約束をしても、日本はこの範囲を超えて行動できない(保証されていない)わけですから、日本との約束などする意味がないと思われても仕方ありません。北方領土返還後の米軍展開なども、こういったところから警戒されるわけですね。
    これについては、日本はロシアの対等な交渉相手になるべく、国家の自立を図る必要があります。軍の創設、米軍の撤退、核保有、エネルギーの自給自足など当分無理そうな課題ばかりですね。

    別の側面からも見てみましょう。これは過去に遡る、歴史好きなロシア人たちに特徴的なことでもあります。
    トルストイの言葉を紹介します。「自分のであれ他人のであれ、言葉を信用してはならない。自分でも他人でも、ただ実際に行ったことだけを信じよ」
    日本は何をしましたか。ナチスドイツと手を組みました。理由は関係ありません。戦争で世界を恐怖に陥れました。ソ連は何をしましたか。悪の枢軸と戦いました。連合国側で世界を救いました。行ったことを信じます。日本は悪でソ連(ロシア)は善です。言葉は信用されません。いくらロシアに都合のいいことを言っても「また日本は何かするかもしれない」と思われるだけです。でも政治家の失言は反発に遭います。岸田総理は以前クリミア半島(ロシアがウクライナから編入)の件と北方領土(日本にとってはロシアが不法占拠)の件を同等のレベルの話として発言し、ロシア側からの反発を招きました。日本はまだ大戦の反省をしていないと受け取られ、「ほらまた日本が言ったぞ」と「行ったことリスト」に蓄積されます。安倍元総理は丁寧にロシアとの関係改善に尽くしましたが、他の誰かの(ロシアから見た)失言で、またイチからスタートという形になってしまします。ロシアは永遠にこれを繰り返し、日本からうまい汁を吸うだけです。
    これについては、日本は着実にロシアが思う「善行」だけを積み重ねる必要があります。利用されてはいけませんが。

    国家は「そんなこと言いましたっけ?」とは言わないだろうと書きましたが、似たようなことは起こりかねません。ロシアの政府高官や役人の嘘や不正、汚職に関して、ジャーナリストのアンナ・ポリトコーフスカヤ氏は「ロシアという国では事前の合意などなしで事が進み、たいていの人は物忘れが激しい」と述べています。後半部分は「約束がなかったことになる」ということの比喩です。しかし、実際ロシアでは公的な書類もどこまで上げるか誰まで上げるかはっきりしないのだそうです。責任の擦り付け合いがよく起こり、喧嘩し罵倒し、あとは時間が全てを解決してくれるのがロシアです。「それは機密事項だ」「私はわからない」「誰ならわかるかわからない」相手は諦めるしかありません。筆者自身もロシアでこんな被害に遭いました。
    責任の所在がわからないというのは厄介な問題です。交渉相手や決定権者の弱みを握っておくしかないのでしょうか。

    ロシアは約束を守れる人たちの国ではありません(国の制度が人を作るんですが)。ですから個人レベルでは「約束を破るために約束をする」ように見えます。しかも破る理由がはっきりしません。 しかし国家レベルで見ると、そもそもの認識が違います。ロシアは「その国がやったこと」に注目します。それは今後も関係を続けていくうえで重要な判断材料であり続けます。刑務所から出てきた殺人未遂の元犯罪者を簡単に信用できないのと同じです。信じて背中を刺されては困りますから。約束ができるような、信頼できるパートナーとして認められるために、「ロシアは約束を守らない」とそればかり言うのではなく、現実を受け止め、忍耐強く事を行う必要があります。ロシアは、約束をするのはロシアと対等な国のみとであり、日本を含む下位レベルの国とは、国際法における合意の遵守等に関してもそもそもそれが適用されないと考えている節もあります。日本の自立が必須です。対等の国家になるために、国に、新しい時代にあった変化を起こすべきではないでしょうか。

参考文献:
グレンコ・アンドリー 『プーチン幻想』(2019) (PHP新書)
アンナ・ポリトコーフスカヤ 『プーチニズム』(2002) (NHK出版)
小泉悠 『「帝国」ロシアの地政学』(2019) (東京堂出版)
北野幸伯 『プーチン 最後の聖戦』(2012) (集英社インターナショナル)