3/42022
カテゴリー:ウクライナ情勢
  ロシアが警戒していたNATOの存在と拡大について見ていきましょう。
今回ロシアは、軍事介入の前に、アメリカとNATOに対して3つの要求をしました。
1.NATOの拡大をやめること
2.ロシア国境近くに攻撃型施設を配備しないこと
3.1997年以前の軍事拠点に戻ること
これが満たされない場合は軍事行動に踏み切る、という意思表示がプーチン大統領からなされたわけですが、アメリカもNATOもこれに真剣に向き合うことはなく、ついに軍事行動が始まってしまいました。なぜプーチン大統領がこの3つの要求を出したのか、今回はNATOとロシアの関係、ロシアの歴史を含め簡単に見ていきたいと思います。
1.NATOの拡大をやめること
NATO(北大西洋条約機構)とは、アメリカを中心とする西側諸国が集まって1949年に結成された軍事同盟で、最大の目的はソ連に対抗することです。第二次世界大戦後の当時、アメリカとソ連の関係が急速に悪化し、両国は周辺地域を巻き込んで勢力の拡大に努めていました。正式な軍事同盟が設立される前から、この2つの勢力は軍事的に牽制し合いながら仲間を集めていました。NATOが結成されたあと、ソ連と東欧諸国は1955年に、ワルシャワ条約機構(WTO)という安全保障機構を設立しました。
プーチン大統領は常に「NATOが今も拡大している意味が分からない」と言っています。専門家でもよく「ワルシャワ条約機構(WTO)に対抗するための組織だったNATOがWTOの解散後も存続していることに、プーチン大統領は不信感を抱いている」と言っている人がいますが、これは違います。先に創設されたのはNATOであり、WTOのほうが後に創られました。WTOがNATOに対抗して創られたのです。 ですから「ソ連に対抗するための組織であるNATOがソ連解体後も存続していることに不信感を抱いている」というのが正しいです。ロシアは非常に慎重に言葉を選ぶ国ですから、我々も同じように正確に理解しておかないといけません。
さて、1989年、ゴルバチョフとブッシュ(父)がマルタ島で会談をし、もはや熱い戦争も冷たい戦争も必要ないという見解で一致し、44年続いた冷戦を終結させました。ソ連は解体され、15の国に分かれました(ソ連は意図的な「解体」であり、「崩壊」したわけではありません)。ソ連の影響下にあった東ヨーロッパの国々は解放され、独自の道を歩むはずでした。しかし、独立していった国々が次々とNATOに加盟していったのです。「熱い戦争も冷たい戦争も必要ない」という言葉を信じて、ソ連人たちが自らソ連を解体し、新しい時代を西側の国と共に歩もうと決めたすぐあとに、西側は、自由になったかつてのソ連圏の国々を取り込み始めたのです。新生ロシアを包囲するためにです。これはプーチン大統領だけでなく多くのロシア人達にとって、裏切り行為に思えたはずです。
プーチン大統領はかつてこう述べています。「ソ連はロシアに変わるとき、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタンといったソ連内の共和国をみんな解放した。チェコやハンガリーなど、共産圏の東欧の国々も全部解放した。彼らは自由になった。それは良いことだったと思う。彼らはEU(欧州連合)に入るという。それも、大事な事だろう。経済が大切なことはよく分かる。しかし、そこまでで止めるべきだったんだ。なぜNATOに入るのか。NATOに入るということは、アメリカやカナダと一体になってロシアの包囲網を敷く。軍事同盟じゃないか。そんなところにやるために彼らを放したわけじゃないんだ(①)」
ソ連解体後もNATOが存続し続ける理由のひとつは、間違いなくロシアへの政治的・軍事的対抗です。世界1位の核兵器保有国ロシアを軍事的に警戒するのは当然ですが、それだけではありません。現在ロシアが大々的に反米教育を行っているように、アメリカにとってもロシアという「敵」がいるほうがいろいろ便利なことがあるのです。ですから政治的な関係を、仲良くなりすぎないように現状のまま維持させるというのも重要なNATOの役割なのです。もっともプーチン大統領自身が「強いロシアの形成」つまり「ソ連の復活」を目標にしていますからNATOの存続は当然のことのようにも思えます。NATO加盟済みの東欧の国にしてみても、今回のロシアの介入で明らかになったように、彼らは中立的な立場(もしくはロシア寄りの立場)をロシアから求められていたということですから、何かあったときにはかつての親分ロシアに好き勝手やられてしまう可能性があるわけです。強力な同盟であるNATOに加盟して安全を確保しようとするのは自然な流れです。
NATOのもうひとつの脅威は中国です。BBCニュースは2021年6月15日、「NATOの首脳らは中国について、核軍備を拡張していると指摘。また軍の近代化が「不透明」でロシアと軍事協力をしているとした。(中略)中国が軍事と技術の両面でNATOに「接近している」として警戒が必要だと主張。」と報じました(②)。ロシアと中国が経済・軍事両面で関係を深めているため、NATOは警戒を強めています。しかしロシア・中国側の立場に立てば、これを口実にNATOが勢力拡大を目論んでいるとも見ることができます。
しかしロシアは、中国のことも念頭に置いた拡大というNATOの言い分を信じていない節があります。
2.ロシア国境近くに攻撃型施設を配備しないこと
NATO拡大の理由はロシアだけではなく中国のことも警戒しているからというのはすでに述べました。しかし、実際に国境付近に攻撃型施設を展開されているのは中国ではなくロシアです。NATOはウクライナの加盟をずっと認めていません。ロシアとウクライナの間には頻繁に戦闘が起こっていますから、加盟を認めてしまえばNATOが憲章に基づいてロシアと戦火を交えなければならなくなってしまいます。そんなことはしたくないNATOですが、一方でウクライナに大量の武器を提供しています。BBCニュースは2021年12月18日の記事で、ロシアからのアメリカとNATOに対する要求について報じました。そのなかで、「旧ソヴィエト連邦崩壊後にNATOに加盟した国々は、ロシアにとって脅威となる地域に部隊や兵器を配備してはならない。そうしたNATO加盟国は、それぞれの領空、領海の外に重爆撃機や艦船を展開してはならない(③)」という要求が紹介されています。つまるところ、これを呑めば、ロシアと国境を接するバルト三国やポーランドでNATOの軍事的な活動ができなくなる(NATOの憲章とも矛盾する)ということです。実際ロシアからしてみれば、自国から攻撃しない限り脅威はないわけですから、これを呑んでもらえればそれで良かったはずです。しかし、NATOはこれを一蹴しました。
NATOはウクライナに武器の提供を続けました(ドイツはロシアとの関係も考慮して武器供与に反対したこともあります)。そして2月8日、ウクライナは2月10日から20日の日程で、提供された武器を使って軍事演習を行うと発表しました(④)。
1月13日付けでロイター通信から「バルト3国がロシア抑制に向け、北大西洋条約機構(NATO)駐留軍の増強について協議していると明らかにした(⑤)」という内容の記事が出ていますから、バルト三国からの要請を受けたNATOがウクライナに演習を提案したというところでしょうか。
どうやらこれがプーチン大統領を怒らせたようです。BBCニュースによれば、ロシアは12月17日の時点で「アメリカとNATOにそれぞれ条約草案を渡したと述べた上で、その内容以外に選択肢はないと強調した(③)」ということです。ロシア側の要求に真剣に耳を傾けなかったアメリカ(ホワイトハウス)とNATOの責任は重いです。
NATOが警戒しているもう一つの国、中国。中国国境付近にはNATOの軍は展開されていません。当然です。NATOの加盟国は中国と国境を接していませんから。中国を警戒していると言いつつも実際には行動で表れていないわけですから、ロシアはそのような言葉を信じていませんし、間違いなくロシア包囲網だと思っています。
3.1997年以前の軍事拠点に戻ること
1997年以降にNATOに加盟した国は14カ国あります。北はエストニアから南はアルバニアまで、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの西側を覆うようにして位置しています。12月の時点でのロシアからの要求では、1997年以前(こられの地域が加盟する前)の軍事拠点にNATOが戻ることを要求しています。こうするとNATOの軍が撤退することになるこれら14の国がロシアとNATOの間の軍事的な緩衝地帯となって、安心して過ごせるというわけです。緩衝地帯(バッファーゾーン)は特にロシアが欲しているもので、すでにNATO加盟国のエストニア、ラトビアと国境を接しているロシアがウクライナのNATO加盟を阻止する理由の一つになっています(一方で当然NATO側も緩衝地帯はあったほうがいいと考えています)。別記事で書いていますが、ロシアの歴史は戦争の歴史、それも戦争を仕掛けられてきた歴史なのです。たとえばモンゴル帝国やポーランド、ナポレオン率いるフランス軍や、ヒトラー率いるナチスドイツなど。いつの時代も外敵に攻められていたんです。今現在ロシアを支えている天然資源の重要性が低かった(もしくは全くなかった)時代ですら、外敵が何かを求めて寒さの厳しいロシアにわざわざ攻め込んできていたのです。天然資源が重要な今の時代に、外敵が攻めてこないなどと油断できるはずがありません。そんな背景もあって、友好国以外とはできるだけ国境を接したくないという気持ちが強く、緩衝地帯(中立国かロシア寄りの国)を置くためにこの要求を出したのです。
ロシアのモスクワ・タイムズ紙は2月2日、プーチン大統領が「ロシアの安全保障上の要求に対するワシントンとNATOからの返答を分析したが、それは満足のいくものではなかった(⑥)」と語ったと報じました。その前日、中東系メディア「アル ジャジーラ」は、プーチン大統領が記者団に対し「ロシアの根本的な懸念が無視されたことは明白だ。(中略) アメリカはウクライナの安全保障に関してあまり関心がないと思われる。アメリカのメインの課題はロシアの発展を抑制することだ。(⑦)」と述べたと報じ、また「アメリカがそのためにウクライナを道具として使っている」というプーチン大統領の言葉も掲載しました。とにかくロシアは何らかの形でNATO加盟国とロシアの間に緩衝地帯を置こうとするはずですから、まずロシアによるウクライナ全域の支配はありえません。そこがロシアになってしまっては緩衝地帯になりませんから。
「ウクライナはアメリカの道具になっているということに早く気づきなさい。西側に利用されることなく、周辺諸国のことも考えた中立的な国家運営をしなさい」 ロシアの出した3つの要求は、このことの重要性をウクライナに対して論理的にわかりやすく説明するために出されたともいえるのではないでしょうか。
■参考文献
①朝日新聞国際報道部 『プーチンの実像』(2015) 朝日新聞出版
②BBC NEWS 「NATO、中国の軍事脅威を警戒 首脳会議で宣言」(2021年6月15日)
https://www.bbc.com/japanese/57478665
③BBC NEWS 「ロシア、ウクライナ情勢の緊張緩和のため条件提示」(2021年12月18日)
https://www.bbc.com/japanese/59707863
④REUTERS "Ukraine's army plans drills with drones, anti-tank missiles from Feb 10"(2022年2月8日)
https://www.reuters.com/world/europe/ukraines-army-plans-drills-with-drones-anti-tank-missiles-feb-10-2022-02-08/
⑤REUTERS 「バルト3国、NATO駐留軍増強を協議 ロシア抑制=エストニア首相」(2022年1月13日)
https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-estonia-idJPKBN2JM1FZ
⑥The Moscow Times "Putin Says West Ignoring Russian Concerns But Hopes for 'Solution'"(2022年2月2日)
https://www.themoscowtimes.com/2022/02/01/putin-says-west-ignoring-russian-concerns-but-hopes-for-solution-a76226
⑦Al JAZEERA "Putin says US is using Ukraine as a ‘tool’ to contain Russia"(2022年2月1日)
https://www.aljazeera.com/news/2022/2/1/us-using-ukraine-as-tool-to-contain-russia-putin