РОССИЙСКО-УКРАИНСКИЙ КРИЗИС (2021—2022)

      

    今回はゼレンスキー大統領に関することです。

ソ連崩壊後から今日まで、ロシアと西側は互いに都合のいい政権がウクライナにできることを望み、工作活動を行ってきました。ソ連解体後は、ウクライナはそもそもCIS(独立国家共同体)の初期メンバーでしたから、ロシア寄りの政権だったわけです。しかし2004のオレンジ革命では、西側に近い政権が誕生しました。オレンジ革命は、カラー革命と呼ばれ、周辺の国でも同じような時期に独裁的な指導者が倒され、西側寄りの政府に変わりました。この一連のカラー革命では特にCIAや西側のNGO団体による工作活動が裏で行われていたと言われています。ウクライナはおもしろい国で、どちら側の人間がトップになっても不正や汚職がなくならず、次第に権威主義的になって良くないことを始めてしまいます。西寄りの政権も選挙で敗れてロシア寄りの政権に替わり、その後また西寄りの人物が選ばれるということがありました。ちょうどNATO地域とロシアに挟まれており、双方の影響をよく受けています。

2019年に大統領になったゼレンスキーは、反汚職・反不正を掲げる、典型的な近年の旧ソ連地域における反独裁体制の政治家です。元はコメディ俳優で、ドラマ「国民の僕(Слуга народа)」で大統領役を演じ、「こんな大統領がいたらいいな」という周りの声に押されて大統領選に立候補し、現実の大統領になった人です。キエフ大学の法学部の出ですから、学歴はプーチン大統領(レニングラード大学法学部卒)と似ています。しかし、ここが問題ですが、経済や外交、安全保障に関しての知識と経験がありません。

米調査会社ウィルソンセンターはゼレンスキーについて、以下のように書いています。
「2019年に彼が大統領になったとき、彼を支持した73%の有権者は明確な政策変更の要求を持っていた。
1.ドンバス地域(ルガンスクとドネツク)での紛争を解決すること
2.絶えず上昇し続ける公共サービスの価格を食い止めること
3.分裂した文化政策を改めること など
ゼレンスキーの政策は漠然としたものだったが、一つはっきりしていたことは、彼がウクライナにおける昔ながらのエリートとはあらゆる点で違っていたということだ。ゼレンスキーの政治的イメージは、政治ドラマで彼が演じた大統領の役(注:汚職や不正を正し、ウクライナを発展させた)と、そのドラマの中でエリート階級を風刺した彼の所有するテレビ制作会社Kvartal95に表れている。政治的経験や確立された政治的グループとのつながりがない彼は、ウクライナの有権者が求めていたタイプの大統領であり、その政策も期待されていた。ゼレンスキーがドラマの中で歴代の大統領ユシチェンコやヤヌコーヴィッチ、ポロシェンコを風刺的に描いたことは、彼が歴代大統領達とは同じ道を歩まないということを約束しているかのようだった。(①)

しかし、2021年後半の時点でも、ウクライナの現状は変わっていません。
ドンバス地域での紛争はご存じの通り解決されませんでした。経済も良くなりませんでした。ウクライナは「東欧のシリコンバレー」と言われていますが、安い賃金で労働力を確保できるところに目をつけたIT企業が入っているだけで、ウクライナの経済はガタガタです。アメリカのシリコンバレーようなイメージとは全く違います。2019年のウクライナの経済成長率(GDP)は3.2%、2020年は-4.04%、2021年は(推定)3.45%です(②)。過去に汚職や不正が深刻だったときですら10%近い成長を見せていたこともある国ですから、その時代を知っている人は特に、現状に不満や物足りなさを感じることでしょう。実際ウクライナは外国の投資家が多く注目していました。ゼレンスキーも彼らにウクライナが外国投資の「約束の地」になるだろうと述べていました。しかし、多くの会社が「司法改革や法の支配、公正な正義、腐敗の根絶などウクライナ政府がまずもって取り組まなければならない問題がある」と指摘するように、投資を呼び込む下地ができていないのです(③)。

ゼレンスキー政権の2021年10月前半時点の支持率は、33%です(③)。就任当初から40%も下落しました。何も上手くいっていませんから当たり前です。こういった時に行われやすいのがポピュリズム的政策です。いわゆる大衆迎合により、下がった支持率をまた上げようとする試みです。多くの国民が望むことを強行するのです。それはつまり、少数の意見や人権が無視される可能性があることを意味します。そして、別記事で書いたように、2021年10月末にウクライナ軍はロシア系住民の住む地域にドローンで爆撃をしました。「何としてもルガンスクとドネツクの2つの共和国(ウクライナにとっては州)をウクライナに取り戻すぞ」という強い意思表示をしたのです。ロシアはウクライナのこういう行為をてぐすね引いて待っていました。ロシアは攻める口実を常に探っています。約束を守らなくてもすむ理由を常に探っています。為政者の政治的駆け引きやプーチン政権に対する無知によって引き起こされたこの行為が、ウクライナ危機をエスカレートさせたとも考えられます。

ドンバス地域の問題は、ゼンレンスキー就任前から存在していました。熟練の政治家同士で何度も話し合って解決を図ろうとしてきましたが、まだ解決には漕ぎ着けていません。お互いに解決に対する強い熱意を持っていたに違いありません。しかし、そこに政治素人のコメディ俳優が登場しました。プーチン大統領はどう思ったでしょうか。あくまで推測ですが「本気で解決策を探る気はあるのか?」、こう思ったのではないでしょうか。
似たような事例で言うと、例えば北方領土の問題は、今後の日ロ関係のためにも解決すべき問題です。日本側もロシア側もその見解で一致しています。しかし、交渉が前進したかに思えたとき、決まって何かが起こり交渉が停止したり難航したりします。2014年のクリミア編入をめぐって日本が西側諸国と共にロシアに経済制裁をした際、プーチン大統領は「よく分からないのは、日本はこの問題(北方領土問題)についての対話のプロセスも中断するつもりなのかということだ。従って、我々は用意ができているが、日本にその用意があるのかが分からない。聞いてみたいところだ。」と記者に話しました(③)。首相の時期を挟んで長年大統領を続けているプーチン大統領にとっては、全ての問題が議論途中のまま常に交渉のテーブルの上に乗っています。しかし特に日本は頻繁に政権交代をしますし、与野党もときどき入れ替わります。ロシアと仲のいい時期もあれば西側諸国の対ロ包囲網に参加せざるを得ない場合もあります。長期の安定政権をなかなか築けず、かつ一貫してロシアを支持するということができない日本に不信感を抱いているのです。「この問題を重要だと思うなら、なぜそれに集中して解決を図ろうとしないのか」と言わんばかりに。
ドンバス地域の問題も同じではないでしょうか。「この問題を重要だと思っているのなら、なぜ有意義な交渉ができない政治素人を国のトップに選んだのか。なぜこれまでお互いに積み上げてきたものをゼロに戻すようなことをするのか」と。世の中の情勢は刻々と変化しています。解決できるはずだった問題も時間と共にそれが難しくなることがあります。超現実主義者のプーチン大統領に対し、理想主義者に見えるゼレンスキー大統領(選出は間違いなく理想主義的な国民によってなされました)をぶつけたこと、これが交渉を難航させ、ロシアから介入以外の選択肢を奪ったのではないでしょうか。今回の軍事介入(そして多くの人の死)は、もしかするとウクライナ人の政治への関心が高ければ(人柄ではなく政策で選べば)防ぐことができたのかもしれません。


■参考文献
①Wilson Center "Just Like All the Others: The End of the Zelensky Alternative?"(2021年11月2日)
https://www.wilsoncenter.org/blog-post/just-all-others-end-zelensky-alternative

②世界経済のネタ帳  「ウクライナの経済成長率の推移」
https://ecodb.net/country/UA/imf_growth.html

③Forbs  "Ukraine 2021: The Crisis Continues"(2021年10月14日)
https://www.forbes.com/sites/kenrapoza/2021/10/14/ukraine-2021-the-crisis-continues/?sh=673f56424a8a

④朝日新聞国際報道部 『プーチンの実像』 (2015) 朝日新聞出版