10/272022
カテゴリー:ウクライナ情勢
2022年10月21日付けで、ロシア大統領令763号(全9枚)が出されました(①)。これは「ロシア軍、その他の部隊、軍事組織、組織のニーズを満たすためのロシア連邦政府下の調整評議会に関する」大統領令となっています。今回はこれに関連してプーチン大統領の後継者が誰になるのかも少し考えてみたいと思います。
まずは内容を見ていきましょう。
1枚目には、「ロシア連邦政府の下に調整評議会を設置して、ロシア連邦軍、その他の部隊、軍事編成、軍事機関のニーズを満たす」という大統領令の目的、そして(a)上記の目的を満たすための調整評議会設置と(b)その評議会の構成について承認すると書かれています。
大統領令の4~7枚目までに大統領令の詳細(全14項目)が記されています。
要点だけを見ていきます。
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1:評議会は、武器、装備、物資、医療品等の管理、修理、修復、建設、また物流等に関して、連邦政府間の相互作用を形成するという目的のために組織された。
3:評議会の議長は、ロシア連邦政府議長である。
5:調整評議会は
[a] 連邦行政当局と連邦の構成組織の活動を調整する決定を行い、特殊軍事作戦の実施機関に以下を確実にする:
[b] ロシア連邦軍、その他の部隊、武器および特殊装備、物的手段と資源を備えた軍事組織および組織の提供に関する問題を解決すること。
[v] ニーズを満たすための任務の決定、ならびにそれを実施するための領域や期限の設定、任務の監視を行うこと。
[g] 物資の供給量やタイミング、必要資金の量と資金源の決定等を含む実施計画の策定。
[j] 仕入れ先、下請け業者、物資の供給や職務遂行、サービス提供のための共同執行者を決定するための提案の準備。
[z] 軍施設建設のための確実な準備。
11:調整評議会の権限内の決定事項は、連邦行政当局、連邦内の構成組織の行政当局、地方政府、その他の団体、組織を拘束する。
12:調整評議会は、ロシア連邦政府の構成員の中から、ニーズを満たすための任務の遂行における責任者を決定する。
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1について、相互作用を強化するためではなく、形成するために組織するということは、現時点で相互作用が働いていないということを意味しています。この点、西側が何度も報道しているロシア政府内での不協和音は、実際に存在しているのかもしれません。しかしロシアのことですから、それが存在している可能性もある反面、単に怠けていただけという可能性もあります。
3について、「ロシア連邦政府の議長である、ミシュスチン首相が評議会の議長である」ということです。11は、調整評議会に委ねられた事項に関しては、大統領ではなく、調整評議会が決定権者となるということです。そしてそれが大統領を除く全てを拘束する力を持ちます。ロシアでは国防相や内務省など武力を持つ省庁は「武力省庁」と呼ばれていて、これらは大統領の管轄となっています。しかし今回の大統領令により、調整評議会の権限内のことに関しては、「力の省庁」もミシュスチン首相の管轄になりました。プーチン大統領が上から別の大統領令をかぶせてこない限りは、責任は全てミシュスチン首相が負うことになります。プーチン大統領について言えば責任逃れのような形になりましたが、ミシュスチン首相について言えば重大な責任と同時に大きなチャンスを手に入れた形となりました。
12について、 「ロシア連邦政府の構成員の中から」ということは、例えば議長自身が自らなることも可能です。グレゴレンコ副首相にやらせることもショイグ国防相にやらせることも可能です。しかし残念ながら大統領にやらせることはできません。憲法の規定により大統領は連邦政府の構成員ではないからです。評議会設置の目的に沿って作戦を計画・実行し、成功させた場合、ミシュスチン首相とその責任者には明るい未来が待ち、失敗した場合には仲良く左遷という形になります。おそらく副首相の中の誰か(ノバク氏?)ということになるでしょう。
8、9ページ目にかかれているのは、調整評議会の構成メンバーです。プーチン大統領の後継者についても考えていきます。
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ミハイル・ミシュスチン 首相兼ロシア連邦政府議長(調整評議会議長)
ドミトリー・グレゴレンコ 副首相
デニス・マントゥロフ 副首相兼産業貿易大臣
アレクサンドル・ボルトニコフ 連邦保安庁長官
タチアナ・ガリコヴァ 副首相
ダニール・イゴーロフ ロシア連邦税務局長
ヴィクトル・ザラトフ ロシア国家親衛隊司令官
ウラジーミル・コロコリツェフ ロシア連邦内務大臣
アレクサンドル・クレンコフ ロシア民間防衛問題・非常事態・自然災害復旧大臣
アレクサンドル・リネツ ロシア連邦大統領特殊プログラム総局総局長
セルゲイ・ナルィシキン 対外情報局長官
アレクサンドル・ノバク 副首相
マクシム・オレシュキン 大統領補佐官
マクスィム・レシェトニコフ 経済開発担当大臣
アントン・スィルアノフ 財務大臣
セルゲイ・ソビャーニン モスクワ市長(取り決めに従って)
マラット・フスヌルリン 副首相
ドミトリー・チェルニシェンコ 副首相
セルゲイ・ショイグ 国防大臣
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まず今回の大統領令の内容を考えたときに、国防相、財務相、内務相、非常事態相、経済開発相、産業貿易相、対外情報局長官などが顔を揃える必要があることは容易に想像できます。つまり彼らは必要なので集められたという見方ができます。しかしもちろん優秀でかつ信頼が厚いですから、後継者選抜のために集められたと考えることもできます。
評議会のメンバーの中でプーチン大統領が最も信頼しているのは間違いなくショイグ国防相です。公私ともに親交の深い2人です。どんなことがあっても絶対にプーチン大統領は彼の存在を無視しません。かつてエリツィンファミリーの仲間であったベレゾフスキーに裏切られたと感じたとき、「世界がどうかなんて関係ない。なぜ君は私の味方でいてくれなかったんだ」とぼやいたことのあるプーチン大統領は、自身も絶対に強い信頼で結ばれた仲間を裏切ることはありません。一時期ショイグ氏の姿が見えなくなったとき、西側ではいろいろな憶測が広がりましたが、何かあったと考えるのは全くの見当違いです。ロシアにおいて側近の姿が一時的に見えなくなるときは、それが国としてどんな状況にあるときでも休暇か病気療養のどちらかなのです。プーチン大統領とショイグ氏の不仲などあり得ません。プーチン大統領の退任後の生活を考えたときに最も安全なのは彼に後を任せることです。しかし。ショイグ氏は少数民族のトゥバ人です。非常に評価の高い政治家ですが、この観点から大統領にはなれないでしょう。
筆者が目を付けている政治家の1人は、非常事態相のクレンコフ氏です。クレンコフ氏は2021年に殉職したジニチェフ非常事態相の次に正式にこのポストに招かれた人物です。ジニチェフ氏の死後しばらくはチュプリャン副大臣が昇格する形で大臣職を任されていましたが半年で交代になりました。ジニチェフ氏は長年プーチン大統領の警護を担当していた人物であり、側近中の側近とも言うべき存在でした。ショイグ氏が就いていた非常事態相のポストに後任としてジニチェフ氏がいたことから、非常事態相というのがいかにプーチン大統領にとって重要なものかがうかがい知れます。このポストに就任することになったのが50歳のクレンコフ氏です。まだ20年くらいは政治家として活動できるでしょうから将来性があります。またペスコフ報道官はクレンコフ氏の就任について「プーチン大統領が個人的にクレンコフをよく知っている」ことを明かしています。ロシアでは個人的関係は非常に重要ですから後継者となりうる人物の候補に挙げられます。
対外情報庁長官のナルィシキン氏は以前、プーチン大統領から「ドンバス地域2州の独立を承認を支持するか」と問われた際「2州の編入を支持します」と答え「そんな話はしていない」と言われる姿が日本でも報道されました。プーチン大統領の信頼を失ったのではないかというような声もあがりましたが、これはプーチン大統領による戯れにすぎません。KGBアカデミーで人間関係の全てをたたき込まれた彼が、人前で詰問しタジタジにさせることはありません。ナルィシキン氏が現在も対外情報庁長官であり続けていることが、あれがおふざけであり、実際は信頼を置いていることの証明なのです。しかしああいったタジタジの姿を見せては国民の目にはよく映りません。おそらく最期はプーチン大統領と同じ時期に引退することになっている人物なのでしょう。
連邦保安庁長官のボルトニコフ氏は後継者としてそどうでしょうか。彼はまさに武力省庁の中の人間ですからそういう意味ではあり得ると思います。連邦保安庁は一応、国内の犯罪対策などを主な仕事としていますが、同時に化学兵器をはじめ武器・兵器開発も行っているので、5[b]に関連して引っ張り出されただけかもしれません。
リネツ氏の特殊プログラム総局は核シェルターの設置などを行っている組織です。旧KGBの第15局にあたる組織で、例えばМетро-2(メトロ2)のような、クレムリンや連邦保安庁、空港などを繋ぐ緊急脱出のための地下避難網の維持なども行っているとされています。政府関係者の逃げ道確保という重要な役割を担っています。ある意味最も信頼できる側近に任せたい組織ですから、リネツ氏が信頼されていることは間違いありません。しかし裏方の中の裏方といった感じの役職ですから彼を表舞台に立たせるつもりはないでしょう。
ザラトフ氏率いる国家親衛隊は2016年に創設された比較的新しい組織です。内務省の仕事を一部引き継いだり、インターネット上のSNSの監視を行ったりしています。彼らが内務省の仕事を引き継いだ(奪った)ことで、内務省に対するプーチン大統領からの信頼が揺らいでいるのではないかという声が一部から挙がることもありました。このようなこともありましたから、親衛隊出身者が大統領となるとは考えにくいです。大統領はシロビキ(武力省庁の関係者)の上に立つことになりますから、内務省からよく思われていなければ協力関係を構築することはできなくなります。
やはりこうなると首相か副首相の中に後継者の目玉がいるということでしょうか。副首相が6人入っています。ロシア語のアルファベットの順番に当てはまらない一番上の3人(一番上は首相)がこの評議会の中心人物であると考えられますので、首相のミシュスチン氏と、複数人いる副首相のなかではグレゴレンコ氏とマントゥロフ氏がよりプーチン大統領の信頼を得ているのかもしれません。しかし、グレゴレンコ氏はおそらくロシアのリーダーとなることはないでしょう。その理由はこちらで言及したことに関係しますが、彼の体格(リーダーの体つきはロシアでは非常に重要!)です。国民からの合意がおそらく得られません。マントゥロフ氏も同様です。マントゥロフ氏は7月に、宇宙開発公社ロスコスモスの総裁に就任したボリソフ元副首相の後任として副首相兼産業貿易大臣になった人物です。経歴がスィルアノフ氏と似ているので、彼が歴任した第一副首相にはなるかもしれません。しかし、元情報員でもなければ武力省庁に繋がりがあるわけでもありません(ロシア大統領は武力省庁を束ねる存在です)ので、プーチン大統領の後継者にはなり得ないでしょう。ですから、評議会に期待される成果を出しても上を狙えるのはミシュスチン首相だけでしょう。ちなみにガリコヴァ氏はどんな成果を上げても後継者にはなれません。理由は女性だからです。これは筆者の女性差別ではありません。ロシア人のほとんど(反プーチン派も含めて)が「広大なロシア領土を治めることができるのはタフな男のみ」と考えているのです。
以上のような理由から後継候補筆頭はミシュスチン氏、2番手でボルトニコフ氏、3番手でクレンコフ氏だと筆者は考えています。
とにかく筆者としては、今回の戦争の行方を左右する人物として、そしてプーチン大統領の後継者となるであろう人物として、ミシュスチン氏の今後の動きに注目したいと思っています。
■参考文献
①Официальный интернет-портал правовой информации(2022年10月27日)
http://publication.pravo.gov.ru/Document/View/0001202210210003?index=0&rangeSize=1