Российско-украинский кризис (2021—2022)

      

 2月から続くこの戦いについては、ウクライナの病院や学校がロシアの攻撃によって破壊され、子どもを含む多くの犠牲者がカメラを通して日本を含む西側陣営に報道されてきました。そして西側がロシアを避難するたび、ロシアは「民間施設への攻撃は行っていない」と一貫して否定してきました。日本のテレビでは、「専門家」と呼ばれる人たちが、民間施設への攻撃に関して、GPSを用いてほぼ確実に標的をピンポイントで攻撃できる技術と武器を持ちながらロシアがそれを使っていないことが主な原因であると発言していました。彼らによれば「ロシアは無差別に攻撃する悪い国で、ウクライナは被害者である」ということらいしいのですが、実際のところはどうなのでしょうか。
 国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルは8月4日、「ウクライナの戦術がウクライナ市民を危険にさらしている」とする報告書を公表しました(!?西側で流れている報道と違う!!!)。記事によると、ウクライナ軍は、学校や病院を含む人口が密集した住宅地に基地を設置し、そこで兵器システムを運用していたというです。
 アムネスティが4月から7月の間に行った調査では、ウクライナの19の町と村で、ウクライナ軍による民間施設からの攻撃が確認されました。銃弾やミサイルが飛んでくれば、民間施設であろうとも、ロシアがその拠点を攻撃するのは当然です。どうやらGPS機能の付いていない武器の使用が主な原因というのは正しくなさそうです。そしてロシアの「民間施設への攻撃はしていない」という発言は、完全な嘘ではなかったようです。戦争は兵隊同士で戦うものです。民間人(ジュネーブ条約では「文民」表記)を標的にすることはあってはなりません(②)。しかし、武器を持てば民間人も兵隊と同じです。建物もそうです。民間施設(ジュネーブ条約では「民用物」表記)を攻撃することはあってはなりませんが、そこが軍事的拠点となれば軍事施設と同じです。
 ウクライナは、民間施設を攻撃してはいけないというルールをいいことに、そこを拠点としてロシアへの反撃を行ったのです。アムネスティは、ロシアによる民間施設への攻撃の全てがウクライナ軍の違法な戦術によるものではない(つまりロシアが意図的に攻撃している部分もある)とした上で、次のようにウクライナを非難しています。「このような戦術は国際人道法に違反しており、また彼ら(ウクライナ軍)は民用物を軍事目標に変えて民間人を危険にさらしている」 「防御的な立場に置かれていても国際人道法の尊重は免除されない」
 これに対してウクライナ側にも動きがありました。CNNは8月6日、「国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのウクライナ支部トップを務めるオクサナ・ポカルチュクが辞任を表明した」と報じています(③)。自身が所属する団体がウクライナに不利な報告書を出したため、抗議の辞任となったようです。CNNはポカルチュクのFacebookの投稿も引用しています。「国を引き裂く侵略者に占領された国に住んでいなければ、防衛する側の軍隊を非難するのがどういうことか、おそらく理解できないだろう」「全面侵略が始まって以来、我々はロシアによる人権侵害や国際人道法違反を絶えず強調してきた。我々はこうした違反を徹底的に記録している。その内容は今後の法手続きの基礎となり、関与者を裁くのに役立つだろう」。ウクライナ軍による国際人道法違反については否定していません。アムネスティの調査報告書の内容はどうやら正しいようです。
 しばしばロシアの軍事行動(個別の内容)に関して、「国際法違反である」という報道がなされます。しかしプーチン大統領は、国際法に違反しているのではなく、違反しない限りで都合の良い解釈をしているのです。国際的に共有されている法でも「Xをしてはいけない。ただしYの場合においてはその限りではない」というようなものが多数存在しています。プーチン大統領は非常に聡明な人物です。何もない状態でXをしてはいけないということは百も承知です。ですからXをするために必要なYという事象が起こっていないかを常に見ています。口実を探しています(ロシア人は口実を探すのが得意です)。そしてYという状況になければ、それを作り出せばいいと考えるのです。相手を揺さぶって罠にかけるのです。ですから大切なことは罠に落ちないようにすることです。
 今、国際法がウクライナの敵になっています。なぜならロシアに対する攻撃を民間施設から行うというルール違反をしたからです。自国の民間施設への攻撃を可能にする条件を自らの手で整えてしまいました。ポカルチュクは例え嘘でも「ウクライナは民間施設からの攻撃はしていない」と言うべきでした。なぜならウクライナがそれを認めてしまえば、(中露と違い少なくとも表面上は)国際法を守る(と言い張る)西側諸国はこの点に関してロシアを非難できなくなってしまうからです。ウクライナが西側諸国の支援を受け続けて何らかの方法で停戦又は終戦に漕ぎ着けるためには、まず罠にかからないように気を付けるべきです。プーチンロシアが仕掛ける罠はもちろんのこと、国際的な法律の罠(落とし穴)にも注意を払わなければなりません。むしろウクライナは後者の研究が急務です。西側ではほとんど報道されないウクライナ政府内の不正や汚職、権力争いが、政府が正常に機能することを阻んでいます。垣根を超えて幅広く議論し、共通の認識を持ってロシアに立ち向かわなければなりません。西側諸国にもそれぞれの内政と外交があります。この戦争が彼らにとって足枷にしかならなくなったとき、国内世論次第ではウクライナを見捨てることにもなりかねません。鈍感でメディアに流されやすい西側諸国民が今のままウクライナの悪い面をできるだけ知ることのないように、隠すべき物は隠しておくべきです。ですからポカルチュクも然り、影響力をもつ人物(もしくは影響力を持っていると自分で考えている人物)の発言はもっと慎重であるべきです。国として、今何をしているのか、これからどういう目的のために何を発信し何をしていくのか、今一度冷静に考える必要があります。  


■参考文献
①AMNESTY INTERNATIONAL "Ukraine: Ukrainian fighting tactics endanger civilians"(2022年8月7日)
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2022/08/ukraine-ukrainian-fighting-tactics-endanger-civilians/

②外務省「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書の主な内容」(2022年8月7日)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/naiyo.html

③CNN.co.jp「アムネスティのウクライナ支部トップが辞任表明、軍批判の報告書巡り」(2022年8月7日)
https://www.cnn.co.jp/world/35191545.html