2/262022
カテゴリー:ウクライナ情勢
  2つめの理由は言語に関することです。
現在のロシアの公用語はロシア語です。一方現在のウクライナの公用語はウクライナ語です。当然だと思うかもしれませんが、ここには大きな問題があります。
ソ連がまだ存在していた時代、ソ連の公用語はロシア語でした。ですから、ソ連に住んでいた人、特にソ連時代に生まれた人は何不自由なくロシア語を話すことができます。現在のロシア連邦を除く旧ソ連の多くの構成国には、その国の古くからの言葉がありました。それらは公的な場以外の場で話され続けていましたから、たとえば生粋のウクライナ人はロシア語もウクライナ語も話すことができます。
今回の危機の中心にあったウクライナの州「ルガンスク」と「ドネツク」。ここには、ロシア系の住民が多く暮らしています。彼らはウクライナに住んでいますがウクライナ人(ウクライナにルーツをもつ)ではありません。 彼らはロシア語を話し、ウクライナ語は話せません。その理由はすごく簡単にいうと以下のとおりです。
第1次世界大戦の末頃、ロシアでは2月革命で帝政が崩壊しました。ロシア化政策を押しつけられていたウクライナ地域の人たちは、ロシア帝国の影響下から抜け出そうと、キエフ(現在のウクライナの首都)でウクライナ中央議会を設立しました。ロシアで10月革命ののちに誕生したソビエト政権は、再びウクライナ地域をその影響下に置こうとして、ここにウクライナ・ソビエト戦争の火蓋が切って落とされました。キエフの中央議会は、この最中にウクライナ人民共和国として独立を宣言しました。そしてドイツ帝国やオーストリア=ハンガリー帝国などと同盟を結んで、ソビエトに対抗しました。1918年には、同盟国に助けてもらいながら現在のウクライナにあたる地域を解放し、このあと国境画定のためにソビエト政権との条約の締結に乗り出します。締結交渉では、その時点でウクライナ側が手に入れていた領域よりも広い範囲をウクライナに引き渡すことに同意するよう、ドイツ帝国がソビエトに圧力をかけました。ソビエト側の指導者のレーニンは、平和を望み、戦争を早く終結させるためにこれに同意しました。これがブレスト・リトフスク条約です。
この結果、ロシアが支配している地域(つまりロシア人が住んでいる地域)の一部がウクライナに組込まれ、その地域のロシア人はウクライナ人として生きていくことになりました。
言語圏で国境を決めなかったために、在ウクライナのロシア人(つまりロシア系ウクライナ人)は、ウクライナで生きていくためにウクライナ語を習得しなければならなくなりました。しかし彼らにとって幸運なことに、4年後の1922年にソビエト連邦が誕生しました。ウクライナはその構成国になったため、今度はウクライナ人がソ連の公用語であるロシア語を習得しなければならなくなりました。こうして1922年以降、ウクライナ地域内では公的にロシア語が使われることになりました(家ではウクライナ語を話します)。ですから、ウクライナ人はロシア語もウクライナ語も話せます。しかし、ウクライナにいるロシア系住民は、ウクライナ語を習得する必要がなかったので、ロシア語しか話せません。
そして2014年、ウクライナ政府はある決定をしました。なんとウクライナの公用語をウクライナ語にしたのです。ウクライナ人は歓喜です。自分たちの伝統的な言語がやっと公用語として認められたのですから。しかし、ウクライナのロシア系住民(特にドネツク、ルガンスクの人々)には受け入れがたいことです。自分たちの話せないウクライナ語が公用語になりました。それはつまり、もう仕事もできないということです。その数は600万人程です。このころから、ロシア系住民が、差別的な扱いを受けていると主張し始めました。
そもそも国際法には「言語権」というものがあります。言語的少数民族(ウクライナにおけるロシア語話者)がその固有の言語(ロシア語)を使用する権利を否定されないことが重要です。ロシア系住民はこれを否定されてしまいましたから、自分たちの居場所を失ってしまったと感じたのです。
そして同年に、このルガンスクとドネツクの2つの地域からプーチン大統領に対して援助要請が出されました。英ガーディアン紙は2014年5月12日、ドネツク人民共和国が同日独立を宣言し、ロシアに加わることを(ロシアに)要請したと報じました(①)。しかし同時に、「ロシア政府が、隣接するルガンスクとともにクリミア方式(*)でドネツクを併合するかどうかは疑わしいところだ」とも述べています。もちろんロシア側はウクライナ側からの了承を得ていませんし、そもそもウクライナの憲法に定められた国民投票をしていませんから領土変更はあってはなりません。
このような騒動のあと、ウクライナ政府はロシア語の使用を再び認めたものの、政府への不信感は拭いきれず、のちに「親ロシア派」とよばれるようになるロシア系住民とウクライナ政府の間で、対立が続くことになりました。
2021年2月21日には2つの独立国からプーチン大統領に以下のように要請がありました。
ドネツク人民共和国:「私たちはドネツク人民共和国の人々の代表としてあなたにお願いします。ドネツク人民共和国を、民主的かつ法の支配に基づく独立国として承認してください」
ルガンスク人民共和国:「30万人のロシア人を含む共和国の人民の大量死を防ぐために、私はあなたにルガンスク人民共和国の主権と独立を認めていただきたいと思います」(②)
今回の侵攻の理由の一つは、この地域のロシア系住民を救うこと「人道目的(人権保護目的)の介入」ですから、ロシア系住民の権利をないがしろにしたウクライナ政府にも責任があるのではないでしょうか。
*クリミア方式=クリミア半島については、ロシア編入のための国民投票(実際にはクリミアの住民による住民投票)を行い、9割の賛成票を得たのでウクライナから編入しました。
■参考文献
①The Guardian "Ukraine crisis: Donetsk region asks to join Russia"(2014年5月12日)
https://www.theguardian.com/world/2014/may/12/ukraine-crisis-donetsk-region-asks-join-russia
②TASS "Donetsk and Lugansk leaders ask Putin to recognize republics’ independence"(2022年2月21日)
https://tass.com/world/1407325?utm_source=google.com&utm_medium=organic&utm_campaign=google.com&utm_referrer=google.com