ロシア人 vs 経済制裁
3/252022
カテゴリー:ウクライナ情勢
・経済制裁と企業の撤退
ロシアに対する経済制裁はどのくらい実際的な効果があるのでしょうか。
まずはロイター通信(①)を参考に、各国の制裁を見てみましょう。
日にち 国 ターゲット 産業
3.24 アメリカ 銀行、企業、軍産複合体、オリガルヒ、議員 私有財産、金融、製造
3.24 スイス オリガルヒ 私有財産
3.24 イギリス 銀行 経済、金融
3.21 EU 石油輸入 エネルギー
3.20 オーストラリア 採掘 採掘
3.18 オーストラリア オリガルヒ 私有財産
3.18 日本 オリガルヒ、法人 経済、私有財産
3.15 日本 オリガルヒ 私有財産
3.15 ニュージーランド、韓国、 アイスランド、オーストラリア 企業、軍産複合体 経済、金融
3.15 EU 企業、軍産複合体 経済、金融
3.15 イギリス オリガルヒ 私有財産
3.14 EU オリガルヒ 私有財産
3.12 バハマ 法人 経済、私有財産
3.11 日本 ベラルーシの銀行 経済、金融
3.11 EU 企業、軍産複合体 経済、金融
3.11 イギリス 中央銀行、政府 経済、金融
3.11 アメリカ オリガルヒ 私有財産
3.11 カナダ オリガルヒ 私有財産
3.11 アメリカ、日本、 イギリス、ドイツ、 フランス、イタリア、カナダ 企業、軍産複合体 経済、金融
3.10 イギリス オリガルヒ 経済、金融
3.9 EU オリガルヒ 私有財産
3.9 イギリス 航空会社 航空
3.8 イギリス 石油輸入 エネルギー
3.8 アメリカ 石油輸入 エネルギー
3.8 日本 オリガルヒ 私有財産
3.7 カナダ オリガルヒ 私有財産
3.7 ニュージーランド 船舶 輸送
3.7 ニュージーランド オリガルヒ 私有財産
3.5 シンガポール 企業、軍産複合体 テクノロジー
3.5 イタリア オリガルヒ 私有財産
3.4 スイス 銀行 経済、金融
3.4 スイス 企業、軍産複合体 テクノロジー
3.4 スイス 中央銀行 経済、金融
3.3 日本 銀行 経済、金融
3.2 アメリカ、EU 船舶 輸送
3.2 EU メディア メディア
3.1 イギリス、カナダ 船舶 輸送
2.28 イギリス 政府系ファンド 経済、金融
2.28 アメリカ、EU、 イギリス、日本 中央銀行 経済、金融
2.28 カナダ 石油輸入 エネルギー
2.28 EU、アメリカ、 カナダ、日本 オリガルヒ 私有財産
2.28 韓国 企業、軍産複合体 テクノロジー
2.28 シンガポール 銀行、企業、軍産複合体 私有財産、製造
2.27 ノルウェー 法人 経済、金融
2.27 EU, カナダ、 アメリカ 航空会社 航空
2.27 EU、アメリカ、 イギリス、韓国、 日本 銀行 経済、金融
2.25 日本 企業、軍産複合体 テクノロジー
2.25 オーストラリア オリガルヒ 私有財産
2.25 台湾 工業 テクノロジー
2.24 アメリカ、日本 企業、軍産複合体 テクノロジー
2.23 日本 中央銀行 経済、金融
2.22 EU 銀行、中央銀行、オリガルヒ、議員 経済、私有財産
撤退または事業停止を決定した有名企業もいくつか見てみましょう。
日にち 企業 ターゲット 産業
3.22 Eneos ロシアの石油・ガス エネルギー
3.11 British American Tabacco ロシアの小売り 消費者
3.9 Heineken ロシアの小売り 消費者
3.8 McDonald's ロシアの小売り 消費者
3.8 Shell ロシアの石油・ガス エネルギー
3.7 Boeing ロシア 製造
3.6 TikTok ロシア テクノロジー
3.6 Netflix ロシア テクノロジー
3.5 Samsung ロシアの小売り テクノロジー
3.4 Microsoft ロシアの小売り テクノロジー
3.3 Nike ロシアの小売り 消費者
3.3 Ikea ロシア、ベラルーシ 消費者
3.2 Toyota ロシア 自動車メーカー
3.2 Exxon Mobil ロシアの石油・ガス エネルギー
3.2 Spotify ロシア テクノロジー
3.1 Visa, Mastercard ロシアの銀行 金融
3.2 Boeing ロシアの航空会社 航空会社
3.1 Apple ロシア テクノロジー
2.28 FIFA, UEFA ロシアのサッカーチーム スポーツ
2.28 HSBC ロシアの銀行 金融
・制裁をする国・しない国
国別で見ると、西側諸国を中心にロシアへの制裁が確認できます。
西側諸国はロシアへの石油、天然ガスの依存度が高いです。国にもよりますが、4~5割を依存しています。自国で何でもできるアメリカとは異なり、ロシアに圧力をかけることで、逆に自国がダメージを受けることになります。ロシアに頼らないエネルギー生産となると、アメリカや中東から輸入するか、自国で原発やグリーンエネルギーで賄わないといけなくなります。
アメリカは世界に供給できるほど資源を持っていません(それが証拠に石油利権の獲得を目指してイラク戦争を起こしました)。中東も例えばサウジアラビアは脱炭素を目指すと宣言しています。オイルマネーでもっている国ですが、世界的なグリーン電力の開発を受けて脱石油を真剣に考えなければならなくなりました。西側諸国のロシアからのエネルギー輸入制限や禁輸は中東にとっては好都合です。しかし、如何せん中東と西側諸国の関係は最悪です。特にアメリカ・イギリス・フランスが過去にやってきたこと(②)を考えれば、困っている西側に親切にしてやろうなどとは思わないはずです。
イラン、シリア、トルコなどの中東の国はロシアと深い関係を持っています。エネルギー問題に関して、これからどうしようかと悩んでいるヨーロッパにどこが提供することになるのでしょうか。ロシアのエネルギー輸出は中国・インド・中東を含めたロシアの仲間が輸入量を増やせばそれほどのダメージにはなりません。ロシアのダメージは小さく、西側のダメージは大きい。おそらくヨーロッパ諸国はアメリカについて行くことができなくなるでしょう。
原発はリスクが伴いますし、ドイツのようにもう使わないと決めた国もあります。石炭は二酸化炭素の排出量が非常に多く、二酸化炭素排出削減を進める国際的な取り組みに反します。
グリーン電力は効率の面で劣ります。これをメインにしようとする西側諸国はいないでしょう。もちろんこの開発がどんどん進めばそれは地球にとって良いことなのですが。
こうして見ていくと、結局ロシアから石油・天然ガスを輸入することが西側諸国にとっては必要だということがわかります。ドイツはウクライナ侵攻が始まる前、NATOの戦闘機をウクライナに提供することに反対していました。ロシアとの関係がこじれても、国民生活を支えるために、エネルギーをロシアから輸入しないという選択肢は選べないと考えていたからでしょう。結局侵攻が始まり、制裁を課していくことにならざるを得なかったのですが、正直なところ(ドイツ以外の西側諸国も)アメリカとのお付き合いでやっているという部分が大きいでしょう。いつまで制裁を続けるかという点では、そう長くはできないと思います。
一方で、6大陸のうち、アフリカ大陸や南アメリカ大陸、それにユーラシア大陸の多くの国による制裁が確認できません。
ユーラシア大陸では大国中国が制裁を行っていません。ロシアの最大のパートナーですから今後も制裁は見込めないでしょう。ロシアと共に中国が加盟している上海協力機構(SCO)はEU・NATOに対抗する政治・経済・軍事組織です。西側の価値観と真っ向から対立する組織ですからここに加盟している他の国も制裁には参加しません。
インドも制裁を課すことはないでしょう。インドとロシアは過去に一度も戦火を交えたことのない国です。自国に関係のない問題で制裁をし、関係を悪化させることはしないでしょう。インドは日本などと共にクアッド(日米豪印戦略対話)に入っていますが、中国、ロシアとの協力関係も深いです。中国が衰えた後に頭角を現すといわれるこの国は、今は手を出さず、どの国・地域と手を組むか品定めしているような感じがします。
アフリカはロシアの影響下にある国が多いです。フランスはアフリカで対ISテロ作戦を行っていました。それによる悪影響を受けた国(マリ・チュニジアなど)がロシアに軍隊の教育を依頼して、ロシアが影響力を持つようになりました。ロシアの仲間ですから制裁を課すわけがありません。
南米ではBRICS仲間のブラジルがロシアと良い関係を持っています。他にもベネズエラやアルゼンチンがウクライナ問題に関してロシア寄りの立場を明らかにしています。アメリカによる制裁を受けている独裁政権がロシアに経済的・軍事的な支援を受けている(③)ことや、アメリカ・NATOによる正解情勢不安定化への非難が根底にあります。
・制裁内容
各国からの制裁に関しては、ロシアでは十分に研究していたことと思います。上記の表から、ロシアの基幹産業であるエネルギー分野への制裁、銀行への制裁、そしてオリガルヒ(新興財閥)への制裁が多いことが分かります。
エネルギー・金融分野への制裁はロシアの経済を弱らせる効果があります(逆にロシアが危機的な状況に陥れば攻撃の手を強めるような気もしますが)。
オリガルヒへの制裁について西側は、プーチン大統領を引きずりおろすのに一役買ってくれると思っているようです。しかし、オリガルヒにはそもそも、反プーチンであるエリツィン系のオリガルヒと、プーチン大統領の台頭と共に力を持ったプーチン系のオリガルヒがいます。反プーチンのオリガルヒは例えばミハイル・ホドルコフスキー、プーチン派のオリガルヒは例えばロマン・アブラモーヴィッチです。
ホドルコフスキーは2000年代初頭の「オリガルヒ狩り」の餌食になった一人で、2004年から2016年まで収監されていました。FSBの力の前に敗れ、ソチオリンピックの直前に西側の手で釈放されました。現在はYouTubeなどでプーチン大統領の悪事を事細かに解説していますが、(オリガルヒとは)ソ連解体後の混乱期に生活難にあえぐロシア国民を尻目に政府と癒着して金持ちになった人物です。多くのロシア人は彼の言葉には耳を貸そうとしません。
アブラモーヴィッチに関しては、先日娘のソフィアが反プーチンを宣言していました(④)。しかし、ロマン本人は裏で手を回すことはあってもおそらくプーチン大統領を名指しでは批判しないでしょう。彼はもともと2013年に自殺した政商ボリスベレゾフスキーの愛弟子で、プーチン大統領側に付くか敵対するかで袖を分かった(ベレゾフスキーは反プーチン、アブラモーヴィッチはプーチン派)人物です。「オリガルヒ狩り」を実際に見てきた人物ですから、その怖さ(ロシアは裏切り者を許しません。毒や放射性物質何でも使います)を知っています。ベレゾフスキーの死は自殺(衝動的な人物だった)ということですが、FSBが手を回した可能性は否定できません。
ですから、オリガルヒへの制裁がどれほど効くかには疑問が残ります。制裁を受けても一生遊んで暮らせるだけのお金は持っていますから、反プーチンを叫んでわざわざ身を危険に晒すことのメリットはどのくらいあるのでしょうか。
・企業撤退の影響
続々とロシアでの事業停止または撤退をする企業が出てきていますが、ロシアへの影響はどうなのでしょうか。
3月6日にはVisaやMasterCardもロシア国内での事業を停止しました。しかし、ロシアは中国などと独自の決済システムを持っていますし、そもそもロシア国内で作られてロシア国内で決済が完結するクレジットカードは何の影響も受けません。日本人のように貯金するほどお金を持っているのは大都市の人たちくらいですから、田舎町の人には響きません。「必要なモノがなければ自分で作ればいい」、これはロシアの鉄則です。
British American Tabaccoが撤退すると紙巻きタバコの流通が減ります。喫煙者の多いロシアでは響きそうです。しかし、ロシアで人気の水タバコは中東からの仕入れでしょうから影響がなく、タバコ好きは水タバコに移るだけかもしれません。
ロシア人はサッカーが好きです。サッカーの国際試合を見られないと不満がたまるでしょう。しかし、国内での試合はできますからそこはどうなんでしょうか。
Netflivやディズニーは問題ありません。VPNを使っていつも通り観ています。
McDonald'sも問題ありません。ロシア人はマックよりSUBWAYが好きですし、田舎町ではシャウルマが人気です。
Apple製品はどうでしょうか。インフェリオリティ・コンプレックス(こちら を参照)のあるロシア人は、最新のiPhoneを持つことに優越感を抱いていますから、不満が募ることにもなるでしょう。しかし、アップルがだめなら他のを使うだけです。「欲しいものがなければあるものを使う」、これもロシアの鉄則です。中国製品が流通することになるので、モノに困ることはないでしょう(質は悪いでしょうが)。
外国企業が事業停止や撤退をすれば、ロシアが国有化に乗り出したり、コネのある個人が店を乗っ取ったり(何の権限もない警官が賄賂と引き換えに経営権を「売り」、その個人を保護する、など)するでしょう。
・ロシア人を甘く見るな
今回の制裁を見て、さすがにこれだけやればロシア人が悲鳴を上げてプーチン降ろしを声高に叫ぶだろう、と思っている人も多いことでしょう。実際に西側のこの「強力な」制裁はそれを狙ってのことでしょう。
しかし、ロシアはその長い歴史の中で、こういった動乱期をたびたび経験してきました。「こんな経済制裁ごときでロシア人が悲鳴をあげるなんて、俺たちをなめているのか!」 こう思うロシア人も多いです。(経済制裁発表後に筆者の友人から送られてきた動画を下に貼りますので観てください。「ロシア人は強いんだ」とのことです。)
ロシア人は難しい時代にあってその団結力を高めてきた人たちです。こういった状況はロシア人を奮い立たせるのです。確かに、西側のメディアで言われるように、テレビ世代とSNS世代の違いはあります。でもそれは情報を得る手段が異なるだけです。効果的にSNSを使っている人ばかりではありませんし、そもそも西側の情報・価値観が信頼にたるもの、正しいものというわけではありません。
食べ物に関しては、塩パン、黒パン、じゃがいもがあれば悲鳴をあげることはありません。筆者も平時のロシアでじゃがいも責めに遭いました。飲み物も年配の人はクワスやキセーリ、若者はタルフーンがあれば大丈夫です。日頃から豊かな暮らしができているわけではない多くのロシア人にとって、制裁はむしろ逆効果になる(プーチン支持にまわる)ことも考えられます。
ロシアの友人から送られてきた動画
VIDEO
■参考文献
①REUTER "Tracking sanctions against Russia" (2022年3月24日)
https://graphics.reuters.com/UKRAINE-CRISIS/SANCTIONS/byvrjenzmve/
②東洋経済ONLINE 「「中東の憎悪」がなぜか欧州に向かう根本理由」(2018年6月8日)
https://toyokeizai.net/articles/-/223827?page=2
③JIJI.COM 「ウクライナ侵攻でロシア支持 反米左派のベネズエラ大統領」(2022年3月2日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030200536&g=int
④YAHOO JAPAN! ニュース「「お願い、ウラジミール」ロシアの新興財閥のエリートの娘たち、SNSで母国のウクライナ侵攻を批判」(2022年3月14日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/0c22ea1bd798f18cc6442702a9098864c8675325