МОЙ ОПЫТ

 

    今回は筆者が2019年に遭遇したジムでの差別について紹介する。

  筆者はロシアのある田舎町でスポーツジム(Griff)にもう何度も行っていた。現地のトレーニング仲間と毎週日曜日にそこに行ってロシア式トレーニングを楽しんでいた。ある日、筆者は仕事終わりに一人でそのジムに行った。入り口はいつものように開いていた。電気もつき、窓も開いていて、中からはトレーニングの音が聞こえた。ジムの中に入り、受付で「チケットを1枚買えますか」とお姉さんに尋ねた。すると「ニェット(いいえ)」と一言。「なぜですか」と尋ねると「今日は日曜日だから」と言った。ここからロシア恒例の面倒くさいやりとりが始まった。「日曜日だから?でも先週も2週間前も日曜日にここに来ましたよ」 「ニェット」 「友達と来ました。あなたにも会いましたよ」 「ニェット、ヴィ ニェ プリハヂーリ(いいえ、あなたは来ていません)」 こうなると自分の力ではどうにもならない。いつも一緒に来ていた現地の友人に連絡した。彼女はジムに電話してくれるといい、筆者の目の前でこの面倒くさいスタッフが電話を受けた。「そこに外国人がいますよね」「ダー(はい)」「彼にジムを使わせてあげて」「ハラショー(いいわ)」 すぐにそのスタッフは筆者にロッカーの鍵を投げてよこした。ロッカールームにいると客が何人か入ってきた。ロシアではジムで人に会うと握手(同志への尊敬の意味がある)をして挨拶をする。トレーニングルームに入るといつも見かける人たちがいる。「日曜日はこのジムは開いていないの?」と聞いてみると、「シュトー トゥイ ガヴァリーシ?(何をいってるんだ?)ズナーイェシ、スィヴォードニャ ヴァスクリセーニイェ(今日日曜だぜ)」と返された。トレーニングが終わってから、電話をしてくれた友達にこの出来事について聞いてみると「おかしな話だわ。日曜日もやっているってネットに載ってるし、いつも日曜日に行っているし...たぶん騙そうとしたんだと思うわ」と言いった。
このような事はロシアではよくある。ロシアではソ連時代から外国人に対する警戒心が強く、扱いもよくない。筆者は平均的な日本人よりは体格が良いほうで、よく中央アジア系と間違えられることがあったが、今回はネイティブのロシア語からはほど遠いロシア語で話したので外国人だとバレて差別をされてしまったようだ。

  筆者はロシア人から「ロシアは給料が安くて、払われないこともよくある。だからみんな真面目に仕事をしないんだ」という話を聞いたことがある。聞いたことがあるというかみんなその話をしてくる。しかしながら筆者はこれについては100%真実というわけではないと思っている。たしかに、ロシアではビジネスをする際に地元の警察、税務警察、役人、ギャングに賄賂を渡さなければいけないケースが多く、出費は多めだ。それに経営者はお金を独り占めしたがって従業員に払おうとしない。しかし、仕事をしないでお金をもらえるはずがない。それに、外国人(そうでなくてもお金を払ってサービスを利用してくれる客)に差別をして追い返してしまったら、事業の収入は増えない。それなら当然給料が上がるはずはない。ロシアでは無断欠勤も珍しくない。雇う側・雇われる側双方に問題がある。これは「ニワトリが先かタマゴが先か」といった感じの問題だが、「責任」の概念がない、というロシアの悪習が根底にありそうだ。

  ロシア人の話、プーチン大統領の話でよく出てくる言葉で「ナーシ[наш]」と「チュジョーイ[чужой]」というのがある。前者は「味方/我々の」と言う意味で、後者は「よそ者/他の」という意味だ。日本には「ウチ」「ソト」「ヨソ」という考え方があるが、ロシアでは人間を「ナーシ」と「チュジョーイ」の概念でもって区別する。ロシアには中立というものは存在しない(ロシアが「中立」というとき、それは「いくらか自分たち寄り」(ナーシの範囲内)の立場を言い表す)。「我々(ナーシ)の側でない者は、全てよそ者(チュジョーイ)=敵である」という考えだ。国家も同じだ。「我々の側でない国は全て敵」(少なくとも警戒すべき相手)と考えている。よそ者(敵)に親切にする必要はないため外国人が親切にされるはずはない。筆者が受けた差別は至極当然のことと言える。ロシアの歴史的・地政学的・地理的・政治的状況を鑑みれば、このような考え方になることも納得できる。それゆえに外国人に対する差別が拭えない現状があっても仕方ないと筆者は思う。いずれにしても、そういった差別も含めて、国の違いを感じることが大事なのではないかと思う。

   ちなみについ昨日、岸田文雄が次期総理大臣となることが決まった。しかし、岸田氏は以前にロシアとウクライナの係争地クリミア半島について、日ロ間の北方領土問題と同レベルであるかのような発言をしてしまい、ロシア側の反感を買った。安倍前総理が領土問題解決と平和条約締結のため、プーチン大統領と会談を重ね信頼関係を構築し、日本をロシアにとっての「ナーシ(味方)」にしようとしたその外交努力を無駄にしないよう、発言の際には十分注意して欲しい。ロシア人は仲間の裏切りを絶対に許さない。「チュジョーイ」から「ナーシ」になれなければそもそも解決の可能性はないが、「ナーシ」のなれたとしても、「ナーシ」から「チュジョーイ」になってしまえば永久に解決にはこぎ着けないということも忘れてはいけない。

  *ロシア人は、日本人は小さくて細くて弱いと考えている。そのため比較的いい体格をしていると、驚かれたり、日本人だと信じてもらえなかったりする。
  *ロシアには200以上の民族がいるとされている。日本人とかわらない顔立ちの人々もいるため、外見だけでロシア人だと判断することは難しい。