Темная сторона России

 

  3ヶ月くらい前にあったことなんですが、大学生の女の子とロシアの話をしたときに、彼女がロシアを先進国だと思い込んでいて、都市部と地方の経済格差や田舎の暮らしなんかを話したらかなりビックリしていました。さすがに先進国だと思っている読者の方はいないと思いますが..。 確かに日本では、ロシアに関してアメリカやヨーロッパのことほど報道されませんし、社会の教科書でも記述は非常に少ないです。しかしながら、テレビや新聞でロシアが全く出てこないわけではありませんから、文面から、もしくは写真があれば服装や住宅・道路の状態などから先進国とは少し違うという印象を受けるはずです。それに社会の教科書ではBRICSという言葉を見ているはずです。これは成長著しい「新興国の代表」を意味しているわけですから先進国ではありませんよね。
  今回はロシア国内での貧富の差について書きたいと思います。ご存じの方も多いと思いますが、ロシアでは、オリガルヒ(新興財閥)・政権エリート層などのお金持ちグループとそうでない一般市民との間の大きな経済的格差が存在しています。特に大統領やオリガルヒの財力はすさまじいものです。なぜこんなにも大きな格差が生まれ、現在も続いているのでしょうか。



    ・格差の発生
  忘れてはいけないのは「オリガルヒ」(新興財閥)の存在です(「オリガルヒ」については少し長い説明が必要なので、「オリガルヒ」のページを参照してください)。ソ連解体後にオリガルヒと呼ばれる連中がロシアの国営企業を買い取り、莫大な財を手にしました。たとえば石油会社、天然ガス会社、テレビ・ラジオ関係の会社、新聞・雑誌の会社などです。たとえば石油・天然ガスに関しては、ロシアは世界第2位の生産国です。そして天然ガスの埋蔵量は世界第1位です。GDPの30%以上をこの分野で賄っているとも言われています。
  99年から08年のリーマンショックまで、ロシアは毎年12%の経済成長を実現していました。ただ、これは外国から企業がロシア国内に入り雇用と賃金の増加などを起こしていったというわけではなく、この天然資源の輸出によって成り立っていたものだったのです。いまでもロシアは天然資源の輸出に依存して経済を回しています。ですから世界的にエネルギー価格が高騰するとロシアは豊かになるということです。プーチン大統領は2000年に大統領職についてから首相であった期間も含めて20年以上ロシアで実権を握っています。リーマンショックまでの経済成長を実現したのは彼であり、同時にこの時にエネルギー部門を牛耳っていたオリガルヒがボロ儲けしました。そのため「オリガルヒはプーチンと共に成長した」という見方をされます。ある意味正しいですが、実際はもっと複雑な関係でもあります(「オリガルヒ」を参照してください)。
  プーチン政権のエリートや旧共産党幹部らもたくさんお金を持っています。プーチン大統領は国庫からお金を盗っているらしいです(ナヴァーリヌィがそのように主張)。大統領の給料は確か日本円でいうと3000万円くらいだったと思います。しかしプーチン大統領の資産は22兆円くらいだという情報もあります。20年権力の座についていても届くはずのない数字ですね。眉毛が印象的だった故ブレジネフ書記長も不正や汚職で手にしたお金で大好きな西側のスポーツカーをたくさん買っていました。他にも金持ちエリートの例を挙げればきりがありません。ロシアには一種のカースト制度のようなものがあって、エリート層は同じエリート層と結婚し、一般国民は同じ一般国民と結婚します。これが交わることはソ連時代からほとんどありませんでした。
  一方で、ソ連時代に共産主義のために私有財産を持つことが許されなかった国民は、新生ロシアでも貧しい生活を強いられている場合が非常に多いです。この原因はもちろん、一部の人間による富の独占です。共産主義時代には共産党幹部が富を独占し、市場が開放された新生ロシアでは政権エリートとオリガルヒが富を独占しています。なるほど、富を独占するグループのメンバーが替わっただけですね。
  共産主義時代を考えてみると、全てが国のものであり、私有財産は認められていませんでした。国民は与えられたノルマをこなし、国がそれを輸出したり、エリート層に優先的に分配したりしていました。ダロン・アセモグル氏とジェームズ・A・ロビンソン氏の言うところの「収奪的制度」があったわけです。政治制度も経済制度も収奪的で、これでは国は成長しません(しても持続しません)から、国民は豊かになれません。エリート層は金持ちになり、国民はそうなれない社会になりました。



    ・新生ロシアの格差
  新生ロシアの格差を見てみましょう。新生ロシアでは私有財産は認められています。お金さえあれば、好きなものを食べられますし、欲しいものを買うこともできます。国外への旅行も自由です。ロシア人が特に好きなのは車と旅行ですね。自分で事業を起こすこともできます。事実それで成功している人もいます。しかし、制度が問題です。「収奪的な政治制度」の上に「包括的な経済制度」が存在しているのです。これでは開かれた市場でも国民は豊かになれません。事業を始めようにも課税額が異様に高かったらビジネスマンにとってあまりおいしい話ではありませんよね。私有財産を持つことが許され、またそれを自分の力で増やすことを奨励されても、詐欺などの略奪が横行してはなかなか持つ気にはなれませんよね。高すぎる税を徴収しエリート層が懐を温める、ということがないように、権力に制約を与える存在が必要です。これがないからこそロシアは「収奪的」政治制度というわけです。三権分立なんて夢のまた夢。今でも「パズヴァノーチュナスチ」(とくにエリート層の関係者が被告人となるとき、政府側から電話があれば裁判所はそれにしたがって判決を下す)という悪習が残っています。また略奪行為をなくし、安心して国民が経済活動に取り組めるような環境を作ることも国の役目です。そこで必要なのは治安維持組織です。法を守らせること、犯罪組織を摘発することが彼らの仕事ですが、ロシアの警察は自分のことにしか興味がありません。ヘドリック・スミス氏も言うとおり、ロシアではまず役人からビジネスをする権利を買い、管轄する警察や税務警察、そこを縄張りとするギャングに賄賂を払わないとには事業を始められません(筆者も体験済みです)。書類を早く(日本的の普通のスピードで)処理してもらいたかったら、お金を積むしかありません。強力なコネがあれば話は別ですが。北野幸伯氏の本にも出てくる「店を開く許可は出したが、看板を立てる許可は出していない」「どこに申請すればいいかなんて知るもんか」「でも俺に金を払えば見逃してやる」と言う警察の話も、実際よくあることです。一般の国民が「開かれた市場」でビジネスをするインセンティブ(動機付け)が非常に小さく、リスクが大きいわけですから、大きな利益を上げようと挑戦する人はほとんどいません。既得権益者(エリート層)が競争相手のいないビジネスで儲け続けるだけです。エリート層は一層お金持ちになり、一般国民は貧しいままです。


    ・都市と地方の差
  Salaryexplorerによると、ロシア人の平均収入は月104,000ル-ブル(16万円強)、最低給与平均は26,200ルーブル、最大平均給与は463,000ルーブル(給与額上位25%の人の平均)だそうです。もう一つ参照しましょう。Statistaによるとロシアの一ヶ月の平均名目賃金(現金で受け取る給与)は51,000ルーブル(8万円弱)だそうですから、Salary explorerのデータと比較した差額の50,000ルーブルは税金やらなにやらで持っていかれるのでしょうか。もしくはお金以外でもらうのでしょうか(筆者は日本語教師として働き、対価は肉や野菜、果物などでもらうこともあります。税金がかからなくていいですね^^)。それともStatistaの調査ではアルバイト的な人も含まれているのでしょうか(ロシアについて信憑性のある統計を入手することは困難です。ですからこれについては参考程度と思ってください)。
  Statistaの調査では、2020年の名目賃金が2015年に比べて約2万ルーブル増え、2010年に比べて約3万ルーブル増えたという結果が出ています。ずいぶん上がっていますが、筆者の友人(田舎居住)は不満を言っていました。増えていないどころかもらえていない、と。今ロシアはインフレの最中です。物価が70倍になったかつてのハイパーインフレには遠く及ばないものの、かなり物価が上がってきていると言います。仮に収入が増えても物価が上がってはうれしいことはありませんね。
さて、2020年の平均月収が5万1000ルーブルほどと書きましたが、これはそのとおり東西南北にデカいロシアの平均です。給料が高いのは、日本のテレビにもよく出てくるモスクワやペテルブルグ、東のウラジオストクなどの大きな街、もしくは天然資源が豊富な地域です。ほとんど情報が入ってこない地方の街では安い給料で多くの人が生活しています。筆者の友人は時給45ルーブル(90円くらい)で工場で働いていたこともあったと言っていました。しかもこの金額ですらお金がないから払えないと後から言われたこともあったそうです。実際給料の未払いや支払いの遅延はロシアではよくあることです。上にも書いた賄賂の支払い(定期的に払わないといけない)が優先されお金が残らないケースもありますが、筆者は多くの場合雇い主の強欲のせいだとにらんでいます。「このビジネスを始めたのは俺だ。だから俺に金を使う権利がある。あいつら(ウチではたらいているやつら)は俺がいなければ1ルーブルも稼げないんだ」きっとこんな感じでしょう。実際筆者は一度この手の発言(女性の)を聞いてしまいました。 話が逸れましたが、とにかく都市部と地方は別世界です。違う国なのではないかと思うくらいです。
  GLOBE+によると、ロシアの地域格差は62倍あるそうです。ロシアの2018年の地域総生産(日本で言うところの県民所得)に着目し、最も高いネネツ自治管区と最も低いイングーシ共和国を比較すると、日本円でそれぞれ1225万円と19万8000円になります。ですから大体62倍の格差があるということです。ちなみに首都のモスクワ市は251万円ほどで上から6番目です。サハリン州は油田があることもあり、モスクワ市より高いんです。ネネツなどの地域は天然資源に恵まれ、かつ人口が少ないので地域総生産は高く出ます。ネネツ自治管区は人口が4万人くらいですが、モスクワは人口が1000万人くらいいます。イングーシ共和国は、チェチェン紛争に関連する地域ですが、非常に治安が悪く、失業率も60%は下らないと言われています。資源もありませんから、貧しさ故にテロが絶えず、ロシア政府も頭を悩ませています(治安維持のためにロシア軍を駐留させると、民族主義者が「コーカサスを養うな」と騒ぎ始めるのです)。
  一国の貧富の差というと、題目のとおり、都市と地方の差に着目しますよね。一般的にロシアは都市が豊かで地方が貧しいと言われますが、GLOBE+の記事を読むと、それは間違いのように思われます。モスクワは都市部ですが、ネネツは辺境(地方)にあります。どちらも地域総生産は高いです。別の視点から見ないといけないのでしょうか。確かに、ロシアは天然資源に依存している国ですから、天然資源がある地域とそうでない地域を比較することも大切です。しかし、一般的な見方はそんなに間違ってはいません。「オリガルヒ」の記事で書いたように、石油や天然ガスは、採掘も精製も輸送も一部の人間(会社)に牛耳られています。本社は首都のモスクワにある場合が多いですから、資源に恵まれた地方で採掘してもお金はモスクワに回されれます。ですから必ずしも資源のある地域が豊かになるとは言えません。そして実際に都市と地方は貧富の差が開いたままなのです。




参考文献:
ダロン・アセモグル、ジェームズ.A.ロビンソン[共著] (2013) 『国家はなぜ衰退するのか』(上)(早川書房)
ヘドリック・スミス(著)、高田正純(訳) (1975) 『ロシア人』(上)(時事通信社)
北野幸伯
GLOBAL NOTE 「石油・石炭・天然ガス」の統計データ一覧
https://www.globalnote.jp/category/9/76/49/
(2021年10月13日閲覧)

Salary Explorer "Average Salary in Russia 2021"
http://www.salaryexplorer.com/salary-survey.php?loc=179&loctype=1
(2021年10月13日閲覧)

Statista "Russia: average nominal wage per month 2020"
https://www.statista.com/statistics/1010660/russia-average-monthly-nominal-wage/
(2021年10月13日閲覧)

GLOBE+ 「ロシアの地域格差は何と62倍! 極端な貧富の差が生じるからくりとは」
https://globe.asahi.com/article/13192653
(2021年10月13日閲覧)