リトビネンコが見つけた法則
今回紹介するのは、90年代末から2000年代初頭のロシアの内情を鮮やかに描いた著書『ロシア 闇の戦争』に登場する「永遠のロシアの法則」だ。この本は、2006年に放射性物質ポロニウム210によって暗殺された元FSB(ロシア連邦保安庁)職員アレクサンドル・リトビネンコと、アメリカに亡命した歴史学者ユーリ・フェリシチンスキーによって書かれた。リトビネンコは、プーチン大統領(当時はFSB長官)も一部関わったとするロシアの治安機関における汚職と陰謀を内部告発した結果、命を落とすことになった人物である。
この「永遠のロシアの法則」とは、「最も上手くやろうとしても、結局はいつも同じ失敗を繰り返してしまう」というロシアのおける皮肉な現象を指す。この法則は、政府組織や治安機関、さらには一般のロシア国民にも深く根付いており、ロシアの社会構造や文化を象徴している。
新生ロシアの誕生とオリガルヒ
1991年のソ連解体以降、ロシアは新たな民主国家として再出発した。しかし、エリツィン政権は「ソ連的なシステムを壊す」というスローガンを掲げつつも、具体的な経済改革のプランが存在しなかった。国民は、ソ連時代の共産党エリートによる富の独占から解放され、自らも豊かになることを期待していたが、その希望はすぐに打ち砕かれる。
市場経済の導入を前にソ連では、後に新興財閥(オリガルヒ)と呼ばれることになる一握りの頭のキレる「ビジネスマン」が時の政府と癒着して富を牛耳る計画を始めていた。中澤(2002)によると当時の主要なオリガヒはロシアだけで163人確認できている。全体で市場経済導入と同時に彼らはメディアや石油、ガス、金属。コンクリートを含むあらゆる国有企業をタダ同然で手に入れ、あっという間に重要産業を支配した。これにより、富の独占は共産党エリートからオリガルヒに移行しただけで、一般市民の生活水準は全く改善されることはなかった。この状況は、リトビネンコの述べる「永遠のロシアの法則」の典型例ともいえ、改革を求めた結果が、新たな支配層による抑圧の繰り返しに終わった。そのような状況の中で社会は荒れ、犯罪が急速に増加した。
法則にハマる治安機関
そのころ、治安機関職員は給料を大してもらえていなかったため、当たり前に副業をして収入を得ていた。副業というのはいわゆる犯罪コンサルタントで、本来取り締まるべき犯罪集団を保護して彼らの事業を支援し、その代わりに金銭を要求したり別の犯罪集団の逮捕に協力させたりした。リトビネンコによれば、ほとんどの職員がこのようなことに手を染めていたという。KGB(のちのFSB)のバッジを見せるだけで人々は恐れるため要求を呑ませるのは非常に簡単で、リトビネンコのように真面目で「副業」をしない職員はおかしな奴だと思われていた。
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悪事を働く職員は仲間内で協力しているため、仲間による復讐を恐れ、犯罪者も楯突かなかった。そんな中で、一部の治安機関職員は人脈を生かして、特殊部隊や警察の出身者を多く採用した警備会社を個人で経営し、「国家機関」と「警備会社」と「保護された犯罪者集団」の3つで協力して表面的な犯罪撲滅活動を行い、win-win-winの関係を作り出して、上手いことやろうとしていた。彼ら自身が一つの大きな犯罪シンジケートとして、他の治安機関も取り締まれないような巨大な存在へ変わっていった。当初は、本来の仕事(犯罪を取り締まること)とお金儲けを両立させるつもりだったが、時間と共に状況は悪くなった。
犯罪者はお金を十分に稼げるようになり、それで武器を買ったり犯罪者同士で手を組んだりしたことで、治安関係者などを恐れる必要がなくなり、また彼らの保護なしでもやっていけるようになった。バブル期の日本のヤクザがそうであったように、ロシアでも、金儲けに成功したため仲間を大切にしなくなった犯罪者や治安関係者が増えた。副業をしている治安関係者は多かったため、代えがきき、犯罪者に見返りを多く求めれば逆に切り捨てられるようになった。そうなると副業の収入がなくなってしまう。そして汚職をしてることを他の捜査機関にバラすぞとも脅されるようになった。仲間意識が希薄になれば仲間を売ったり逮捕したりすることも想定できた。ある意味で商売敵でもあるからだ。副業という名の汚職をしている治安関係者は、他の捜査官に捕まらないように、かつ収入を減らさないように、そして本職の仕事にも影響を出さないように、という忙しさと精神的ストレスなどに苛まれるようになった。それで治安関係者の立場はどんどん弱くなっていった。最初は万事上手く運ぶようにと思ってやったことが、結局自分の立場を悪くし、捜査機関からも犯罪者からも隠れながら生きなければならなくなった。治安機関自体も、犯罪撲滅のための大きな目標を設定すればするほど、状況を悪くしていた。多すぎる予算をもらえばそれが犯罪者に流れて犯罪を助長したし、大きな犯罪集団を捕まえるために小さな犯罪集団に目を瞑り続けたので、犯罪は減らなかった。リトビネンコは言う。「実際には、すべてが永遠のロシアの法則にしたがって展開した。つまり、『もっとも上手くやろうとして、いつも同じ事の繰り返しになって』しまったのだ」
それにしても「永遠のロシアの法則」などという、こんなにも端的にロシアを言い表せる言葉はほかにない。この事例は、ロシアの政府組織が絡んでいる失敗事例について述べたものだが、「法則にしたがって」展開したとリトビネンコは述べてるわけで、他にもこの法則に当てはまるものがあるということだ。
宗教とソ連のシステムが作った法則
この「ロシアの法則」は今日でも国民の生活に色濃く残っている。日本のテレビ番組で「おバカ映像」なるものを見ると、必ずと言っていいほどロシアが登場する。
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ロシアのありえない事故やおっちょこちょいな映像から、「ロシア人はややもするとバカなのか」と思う人がいるかもしれないが、彼らはバカではない。運動神経抜群、頭脳明晰な人は多い。世界初有人宇宙飛行をしたのはソ連だ。オリンピックなどの国際大会でもいい結果を残している。ロシア人もすばらしいものをたくさん生み出してきた。ではなぜあのようなことが起こりうるのか。
元ニューヨークタイムズ紙記者のヘドリック・スミスの『ロシア人』にはこうある。「彼らは強制されれば大きな仕事をする能力を持っているが、たえず重労働をつづけるのは国民性にそぐわない。彼らにはアメリカ人、ドイツ人、日本人のような労働の倫理はないからだ」ここには大きなヒントがある。つまり彼らが起こす(特に)事故は「国民性」に由来しているのだ。これに関しては、木村汎の『プーチンとロシア人』にも言及がある。「ロシア人は、イタリア人、スペイン人、フランス人らと同じく、できることならば労働を避け、長いバカンスをとり、労働以外の人間活動に時間とエネルギーを割こうとする。このような傾向がより強いように感じられる」 木村は「ロシアがビザンティン文化の影響下にギリシア正教を取り入れ、その後もプロテスタンティズムの運動の影響や洗礼を受けなかったために、どちらかというとカトリック系の人生観に似通ったのではないか」という趣旨の記述もしている。ちなみにプロテスタント的な人生観とは、労働が神への奉仕であるという考えから労働を積極的に行うもので、逆にカトリック的な人生観は、人間の内面の発展のために休息が重要との考えから、前述のとおり労働を避けようとするものだ。つまり、強制的にやらされるのでなければ、ロシア人はまるで緊張感が持てないのだ。自由や緩さがロシア人の思考をある意味停止させる。とっかかりは考えるが明確な道筋をイメージせずとりあえずやる、という考え。これが先述の治安関係者の失敗にも関係しているのだ。
スミスや木村が述べている「ロシア人の国民性」は、言い換えればPDCAサイクルのDだけしかしないということを意味している。実はここには彼らがカトリック的な人生観をもっているという宗教的な側面でだけでなく、ソ連という時代も関係している。ソ連時代は宗教は一応禁止されていたので、宗教的な理由で片付けるのは無理がある。それよりもソ連のシステムの方が強い影響を与えていそうだ。ソ連時代は中央政府が「計画」をした。だからどうやって計画を立てるのか国民は知らない。「フスィヨー ブーヂェット ハラショー (すべて上手くいくよ)」は彼らのお気に入りの言葉だ。国民がマニュアルを受けて仕事を「実行」した。誰も「チェック」しなかった。仕事をゆっくりやってノルマをちょうど達成させる。余裕をもってノルマを達成してしまうと翌月のノルマが増えてしまうからだ。間に合いそうになければ最後に急いで適当にやる。質は最悪だ。「改善」はされない。大体成功しない。失敗すれば他人を責め悪態をつき「もう二度と会いたくない」と言いう。「スーカ、ブリャーチ、ピズヂェーツ(ばか クソ ちくしょう)」これも彼らのお気に入りの言葉だ。ひたすら「実行」する。「今回は最も上手くやってみせる!...」そしてまた同じように失敗する。
ソ連が崩壊して30年経った。しかしこの国民性は変わっていない。今日もどこかで「永遠のロシアの法則」が機能しているはずだ。ちなみにロシアには「責任」の概念もない。時間とともに全てが忘れ去られ、なかったことになる。もしロシア人と何かする際には、PDCAができそうか事前に確認してみてほしい。これが唯一あなたが「永遠のロシアの法則」から逃れる方法である。
《参考文献・資料》
木村汎 2019 「プーチンとロシア人」 産経新聞出版
中澤孝之 2002 「オリガルヒ」 東洋書店
スミス・ヘドリック(著)、高田正純(訳) 1975 「ロシア人(上)」 時事通信社
ユーリ・フェリシチンスキー、アレクサンドル・リトビネンコ(共著)、中澤孝之(監訳) 2006 「ロシア 闇の戦争」 光文社
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