性的マイノリティーへの暴力と差別

    ロシアにおける性的マイノリティー(LGBTQ+)への暴力と差別の問題は、近年、国内外で注目を集めている。ロシア政府が2013年に制定した「同性愛プロパガンダ禁止法」は、性的少数者に対する社会的偏見を助長する要因となり、特にゲイ(とレズビアン)の人々が安全な生活を送ることを一層困難にしている。この問題は、物理的な暴力や職場での差別、教育機関での孤立といった形で現れ、さらに深刻な人権問題として浮き彫りになっている。
     この記事では、ロシアにおける性的マイノリティーの中で特にゲイの人々(以下では一応レズビアンも含めて「同性愛者」と書く)の置かれた現状と、その背後にあるさまざまな要因について探る。さらに、国際社会やロシア国内で行われている支援活動にも触れながら、この問題がもたらす影響と今後起こりうる動きについて考察していきたい。

暴力と差別の原因

    ロシアにおける同性愛者この問題を分析にするにあたっては、まずロシアに「男らしさと女らしさの追求」という男女の義務があることを理解する必要がある。ロシアは歴史的にさまざまな困難に直面してきた国である。非常に広大な国土を持ち、西部と南部では複数の国と国境を接していて、ロシア国内に200以上の民族が共生し、かつ複雑な言語構造をもつスラブ系の言語を使用していることを考えれば、多くの困難に見舞われてきた歴史があることも納得できるだろう。そういう背景の上に、男女がそれぞれ果たすべき役割が生まれ、特に男性に関しては力強い肉体を手に入れることが必要とされた。その強靱な肉体で大切な家族や弱者、社会、国を守らなければならなかったのだ。今日のロシアでは比較的安定した治安が維持され、肉体的な強さは以前ほど必要とされなくなったが、この伝統は実際的な意味を欠いたとしても、記号的な意味をもって今日まで受け継がれている。男性たるものは体を鍛えるべきだ、もしくは力強くあるべきだ、というのがロシアの普通の考え方なのである。ロシア各地の伝統的な祭りを見に行くと、よく上半身裸の男性がステージの上で丸太をブンブン振り回しているシーンを目にする。少し体を鍛えたぐらいではできない芸当なので、理想とされている男らしさは日本人の想像の遥か上を行くかもしれない。もちろん記号的な意味合いが強くなった今日では、必要ではないと判断して、理想の男らしさまでは求めない男性も多いが、それでも何らかの運動を生涯行って逞しい肉体を持っている人は多い。
     これと対照的なのが、同性愛者だ。日本の同性愛者というと何か筋トレをしているゴリゴリのマッチョを想像するかもしれないが、ロシアでは同性愛者は女々しい。体を鍛えなかったり、メイクをしていたりすることもある。男性らしさを追求しないどころか、女性に近い雰囲気を出している。ロシアの夏は短髪に黒いTシャツにジーンスという服装の男性が目立つが、同性愛者はユニセックスの服を着ていることがよくある。
     そしての今日のロシアでは、この2種類のタイプの人間の間での暴力の問題が横行している。モスクワではあまり見かけないが、地方では街で暴行や挑発を受けている現場を見かける。暴力は容認され、彼らは味方を作ることが難しい。同性愛者の社会的地位は非常に低く、彼らにとってロシアという国は非常に住みにくい国だ。暴力は、殴る蹴る、暴言を吐く、酒をかける、火をつけるなど様々だ。差別をしたり暴力を振ったりする人間はどこにでもいるが、同じようにそれを止める人間も普通はいるはずだ。しかしロシアでは、止めようとする人は皆無だ。それゆえに暴行は時に度を超えたものになるのだ。なぜこのような状況になるのだろうか。

同性愛プロパガンダ禁止法

    その大きな原因と考えられるのは、ロシアで2013年に施行された同性愛プロパガンダ禁止法だ。近年、西側諸国を中心に世界の国々に同性愛者に対する寛容な見方が広がる一方で、ロシアではそれに反発するかのように抑圧的な対応が強まっている。2013年にロシアで成立した法律は、ロシア語での正式名称では《Законодательные запреты пропаганды гомосексуализма в России》 あるいは 《Федеральный закон о запрете пропаганды нетрадиционных сексуальных отношений》と呼ばれる「同性愛プロパガンダ禁止法」であり、「18歳未満の者に対する同性愛の助長に関わった場合に処罰を与える」という内容をメインとしたものである。この法律では、まず同性愛者であることを公然と示すことが禁止されており、個人が違反すれば4000~5000ルーブルの間で、政府関係者は4万~5万ルーブルの間で罰金が科される。次いで同性愛の助長も禁止されており、マスコミやインターネットを使用した組織的な支援や同性愛を擁護する趣旨の発信については100万ルーブル以上の罰金と90日の停職がそれぞれ科されるという。また外国人がロシア国内でこれに違反すると国外追放にまでなる[1]。これは非常に重要なポイントだが、この法律は同性愛そのものの禁止ではなく、同性愛の擁護やプロパガンダといった、同性愛の「助長」を禁止しているだけだ。しかし、この曖昧な「助長」の定義が、実は巧妙に仕組まれたもので、ロシア国内での悲惨な状況を作り出している。
     ここで、ロシア人が同性愛者に対してどういった印象・考えを持っているのかについて見ておきたい。以下の表は、Levada Centerの調査[2]により報告された、現在のロシアおける同性愛者に対する人々の考え(引用者訳)である(数字は%)。



表1:個人的にどう考えるか(回答は1つ)(数字は%)

原則として同性愛は・・・2015年2月13日2015年3月15日
治療が必要な病気である3437
悪いしつけ(乱暴さ、悪い習慣)の結果1726
家庭内、路上、施設内における性的誘惑、性的虐待の結果2313
生まれながらの性的嗜好であって、異性愛者と同等の権利をもつ1611
わからない1014


表2:あなたの意見では(回答は1つ)(数字は%)

同性愛者は・・2014年4月13日2015年3月15日
起訴されるべき1318
治療されるべき3837
尊厳を持って生きることができるように助けられるべき87
そっとしておかれるべき3125
わからない1013


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