読者はロシア人についてどういったイメージを持っているだろうか。若者については男性は大柄で筋肉質か腹の出た体型をしており、女性はシェイプアップされたスレンダーな体型をしている。またもう少し年齢が上になってくると、男性は大酒飲みであるが故に早死にする。このようなイメージがあるかもしれない。ロシア人皆がそうであるわけではないが、このイメージに合致する人は多い。聞くところでは、ロシアは「男らしさ」と「女らしさ」の明確な定義が存在しているということだった。かつてロシアが置かれていた地理的、政治的、社会的な状況がそれを生み出したらしい。そこでその男女の定義、役割分担について調べてみた。
男は体を鍛えて強くなれ
まずロシアで男性が何を求められているものを、日本のそれと比較して見てみる。筆者の友人の日本人数人は、「力強いこと」「リードしてくれること」「高収入があること」を男らしさとして挙げていた。一般的に男らしさというと、上記のもの以外に、自分に自信を持っていることや、トラブルが起こった時に動じない精神的な強さを持っていること、単純に顔や体がかっこいいといったことも挙げられる。それでは、ロシア人が考える男らしさは一体何であろうか。
結論から言って、ロシア人にとっての最も重要な男らしさとは、肉体的な強さを持っていることである。筆者の友人のロシア人女性S(当時28)は、「ロシア人女性にとってパートナーの顔がかっこいいか否かはどうでもいい。大切なことは強さを持っているかどうかということだ。男性は体を作らなければならない」と言っていた。また別の友人のロシア人男性V(当時36)は、「ロシアの歴史をみると、力のある人は尊敬された。力のある男性は、母国・家族・彼女を守る男性のタイプにふさわしいのではないかと言われる」と話していた。エレーヌ・ブランは『KGB帝国』ではインターネットを通して行われたロシアの世論調査の結果について書かれていて「本当の女性が求めているのは、力強い腕であり、ツタのように巻き付くことのできる太い幹なのです。プーチンはその太い幹を象徴しているのです」という意見が紹介されている。このように、ロシアにおいては体の強さが重要視されている。
強い体を作るということは、自分の大切な人を守るためでもあり、また日々のトレーニングによって肉体的・精神的に健康を維持するためでもある。肉体的な強さを手に入れた状態は、その人のストイックさそのものを証明するものであり、同時に、トレーニングというものは決して楽なものではないため、将来直面するであろう困難に打ち勝つ精神的な強さも持ち合わせていることを意味している。それ故に男性はトレーニングを重ねて筋力をつけ、太い腕と分厚い胸板を手に入れることで、男性らしさを追求していることを女性に示す。ロシアの伝統的な祭りを見に行ってみると、ステージの上でよくかなえいの重さのある丸太を体の周りでぐるぐる回している屈強な男を目にする。日本人は驚く人が多いだろうが、それがロシアの男性のあるべき姿といっても過言ではない。
一方で、ロシア人女性T(30)は「男性は必ず女性や家族を守る存在でなくてはならない。しかし、男性がトレーニングをしたくなければ、ジムに行ってトレーニングする必要はない」と言っていた。彼女のように、力仕事が男性の仕事であるとしつつも、必要以上に筋肉をつけることは特に尊敬に値するものではないと考えている人もいる。ロシアは日本に比べれば治安が悪い。肉体的な強さを持ってして物理的に仲間を守る機会は日本よりは多いと言えるが、暴力の手段ともなりうる「肉体的な強さ」というものに対してあまり良い印象を持っていない人もいるようだ。
筋力や経済力、精神力など男性が求められるものは沢山あり、また力の優先順位は人それぞれではあるが、ロシアでは筋力が一番大事と考えている人は多い。多くの人が体を鍛えたり格闘技に取り組んだりしていることが何よりの証拠だろう。治安の良い日本では、物理的な強さは少なくとも上の3つの中では最も重要度の低い項目になるだろう。筆者のロシア人の友人の中には、その他に、頭の良さや女性に対する優しさ、モラルがあることを男らしさとして挙げている人が多かった。この「モラル」の中には「同性愛者にならないこと」も含まれている。
ロシアには歴史的に混乱期を何度もあった。戦争もあったし、ソ連時代のような他人を信用できない時代もあった。そのような背景から男性は、国や家族、仲間を守る存在として、強くあることが求められていた。今日のロシアは以前よりも安定いていて、その強さを生かす場面が多いわけではないが、もしものときの備えとして体を鍛える文化が受け継がれている。また「男らしさ」という記号としてそれは残っている。
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女は強く、美しく
次に、日本の場合と比較しながら、ロシアにおいて女性が何を求められるのかについて述べる。
日本において女性らしさとして重要視されるものは何であろうか。筆者の日本人の友人数人は、「おしとやかであること」「柔軟な思考を持っていること」「礼儀正しいこと」などを挙げていた。また、個人的な意見として、日本人皆がそうだというわけではないが、男性にしても女性にしても日本では顔で人を判断する(恋人などを選ぶ)人が多いように感じる。日本にアイドル文化が存在しているのがその代表的な例であるといえるだろう。
一方ロシアにおいては、男性は、見事にシェイプアップされた細い女性を好む。しっかりとスタイルを維持する努力をし、女性らしさを追求しているとアピールすることは女性にとって大切なことである。加えてこれは真面目な話だが、大きなお尻をもつ女性が好まれる傾向もある。ロシアの街中で信号待ちをしているとき、絶対に目にする光景がある。男たちの視線が前方下方に集まっている。そんなときはたいてい前方で同じように信号待ちをしている女性のお尻を見ているのだ。友達といれば高確率で「большая попа(大きなお尻)」「вкусная жопа(おいしいケツ)」などと言ってくるはずだ。「もうわかったから言わなくていいよ」とこちらが言うまで、信号待ちをするたびに言ってくるはずだ。女性の方もあからさまにお尻を強調したようなパツパツの革のパンツを履いている人は多くいるし、お尻はセクシーさのシンボルだと豪語する人もたくさんいる。スポーツジムでもケーブルを使ってお尻ばかり鍛えている人もいる。お尻の大きな人は健康な子どもを産むことができるという風にも考えられているようだ。したがって、ロシアにおいては体を鍛えることは男女共通の必須項目である。
また、スタイル以外の見た目も大切であって、女性は服装に関しても気を緩めてはいけない。女性が美しさを追求しないとどういうことになるのか、ここで、ロシアで日本語教師をしていた知り合いの先生のエピソードを紹介したい。
ロシアの女性は、お洒落な服装で外出する。もちろん大学の教員も同じである。その先生がロシアで日本語を教え始めたころ、一人の学生がこの先生の講義を一度だけ受けたきり、その講義に来なくなったと言う。先生がその学生に直接会いに行って事情を聞いたところ、彼女は先生の服装が気に入らないと言ったそうだ。ロシア人は時間にルーズだったり約束をすっぽかしたり、結構適当なところがあり、その先生もそんなロシア人たちと同じ国で暮らしていく中で、身だしなみなど適当になっていったのだそうだ。先生がジャージを着て講義に行き、彼女はそれが気にいらなかったらしい。「美しくない先生には何も教わりたくない」という彼女の言葉に先生は驚き、文化の違いを感じたのだと言う。これがきっかけで、先生は今、常に美しくあるように気を付けているそうだ。
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強いロシアの女性
ロシアの女性に求められるのは、実は美しさだけではない。美しさに加えて賢さと強さも求められる。ロシアについて調べていると、「ロシアの女性は強い」という話をよく耳にする。これはロシア人女性が精神的に強いことを意味しているわけであるが、それはどういったところから見て取れるのだろうか。ここではロシア人の専業主婦を例に見ていくことにする。
厚生労働省のデータによると、日本では2012年、約800万世帯で専業主婦が存在する。一方共働き世帯は1050万世帯、割合にして約43%が専業主婦であった。これに対してロシアでは、2011年の専業主婦率は5.4%だった。五十嵐(2014)では次のように述べられている。
ロシアでは、社会主義時代には「男性=仕事、女性=仕事=家庭」という図式が主流であった。男性が家事を分担するという習慣はあまりなく、強いて言うならば昔も今も家の修理やゴミ捨ては、男性の仕事である。他方、多くの女性は働きながら、家事、育児、介護もこなしてきた。そして何より、男性はもとより女性自身が家事、育児、介護と仕事の何重苦をあまり意識していないのである。むしろ、仕事も家庭もこなしてこそ素晴らしい女性であるといった価値観がある。したがって女性の家事労働と仕事との負担に関しては、あまり議論になることもなかった。ロシア人男性はもとよりロシア人女性も、家事、育児、介護を女性の仕事として自然に受け入れているのである。筆者のインタビュー調査でも「女性が仕事も家事、育児もすることに何の問題があるの」「ロシアの女性は強いのよ」「仕事と家庭の両立ができてこそ素晴らしい女性よ」といったことを誇らしげに語る女性が非常に多い。つまりロシア女性にとっては、働く良妻賢母が一般的なのである。
ロシアでは専業主婦が約5%であるので、約95%のロシア人女性が働きながら家事や育児をこなしているのであり、日本の57%と比較すれば、ロシア人女性の「強さ」がわかるだろう。ロシアはソ連時代、第二次大戦で多くの男性を失った。女性は男性分の労働力を提供しながら家事や育児をこなしてきた。それは彼女たちの誇りになっており、今日にも受け継がれている。日本では、男性が働いて女性が家事・育児をするという構図に対して、男女差別だといった声があり、家事をする「カジメン」や子育てをする「イクメン」という言葉が2010年頃から流行し、平成25年時点では専業主婦が全体の半数以下に収まった。だがロシアでは「カジメン」や「イクメン」という言葉は流行っていない上に流行りそうにもない。なぜなら、それを受け入れてしまうと彼女たちをロシアの女性たらしめているものが失われると考えられているからだ。
《参考資料》
平成25年度版厚生労働白書(図表2-2-33)専業主婦世帯と共働き世帯の推移
http://www.data.go.jp/data/dataset/mhlw_20151014_0190/resource/533e3642-5c54-424a-abeb-436420986b93
(2016年11月23日閲覧)
五十嵐紀子、2014「『一昨日』に回帰するロシア-ロシアは女性にとって住みやすいか?」
http://synodos.jp/international/6659
(2017年1月4日閲覧)
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