指導的民主主義

    ロシアについて考えるときに忘れてはいけないことがある。フランスの犯罪政治学者エレーヌ・ブランが指摘するように、ロシアには「常に、概念と用語の違いの問題は存在する」(p.149)。ロシアにも他の国の言語にある用語は存在するが、その意味や範囲といった概念は同じではないということだ。このことを踏まえた上で、ロシアの政治制度を見ていく。



      

ロシアに民主主義はあるか

    日本の報道をみて、ロシアは民主主義国ではないのではない、と考えている人は多いとだろう。しかし、ロシアにも「民主主義」を意味する「демократизм」という言葉は存在するし、今日のロシアは民主主義のシステムで動いている。そのように見えない理由は、西側諸国が想定している民主主義とは異なる民主主義が採用されているからであり、西側諸国の報道で「独裁者プーチン」というマイナスのイメージの言葉がよく出てくるからでもあるだろう。しかしロシアに関しては、特に日本にはあまり情報が入ってこないのが現実だ。そのような状況においては、メディアの言うことを安易に信じるのもよくない態度であり、ロシアの政治、社会的システム、文化的を分析し、かつ自国のシステムや使っている用語の意味を再評価しながら、制度の違いやそれに基づく社会の様々な仕組みを比較する必要がある。日本とロシアの政治体制は少なくとも理論上はかなり違っている。日本は議会制民主主義を採用しており、国民は選挙を通じて議員を選出し、議会が政府を監視・制御する役割を果たす。多くの政党が存在し、政権交代も行われるため、政治的な競争が健全に機能している。他方ロシアでは、公式には民主的な制度を持つものの、実質的には権力は大統領に集中している。ロシアの選挙は行われているが、選挙プロセスは透明性に欠け、野党の候補者が排除されることが多く、実質的な競争は非常に限られている。権力の集中により、政策決定においても個人の意志が強く反映される傾向がある。選挙制度に関しては、日本は一般的に公正で自由な選挙といわれているが、ロシアでは選挙は形式的で実質的な自由度は低く、政府による干渉が多々見られる。市民の自由という点では、日本ではデモや集会は合法であるが、ロシアでは反政府運動は厳しく取り締まられる傾向が強い。リスクを伴うため、政治参加の意欲がそがれる可能性がある。メディアの自由度では、日本は比較的自由であり、様々な情報を提供できるが、ロシアでは政府による監視や圧力が常につきものである。権力の分立については、日本は三権分立という互いの権力の乱用を防ぐ仕組みを持つが、ロシアは政府が最も強い力を持っている。このような違いは、多くの日本人が知識として知っているところであろう。これらの違いについて、ロシアの政治システムを詳しく分析することで、私たちの理解がどのように変化するのかを考えてみる必要がある。



ロシアの民主主義

     ロシアが採用している民主主義の形態は「指導的民主主義(Имитационная демократия)」と呼ばれている。この「Имитационная」という言葉は「模倣した」という意味を持ち、つまりロシアが採用しているのは「模倣した民主主義」である。もちろん模倣する対象は西側の民主主義である。模倣とは言っても、全く同じことをするわけではない。同じことをするときもあれば、違うことをするときもある。あとで重要になってくるのだが、プーチン・ロシアが西側と違うことをするときは、それが熟考した上での選択であるという点に我々は注意すべきである。さて、指導的民主主義の特徴は、目標を国民が決め、達成のための手段をリーダーが決めるというところにある。例えば大統領選挙では、それぞれの候補者が「あれをします」「これをします」「ロシアをこんなところに導きます」というビジョンを示し国民に審判を仰ぐ。選挙は行われるので国民の投票への参加は排除されない。しかし国民の役割はここまでで、一度リーダー選ばれると、任期中は約束した目標に向かって仕事をするため、国民が邪魔をしてはいけないことになっている。反政府デモが取り締まられる理由はここにある。メディアが政府に批判的な報道をするのはある程度制限されている。とにかく6年という大統領の任期期間中は大統領にとって政策実現のために自由に使える時間であるので、その任期終了を待たずに大統領を批判する態度はあってはならないというのが暗黙の了解なのだ。もちろん人権侵害や合理性のなさそうな政策が行われることがあるが、それが無意味なものであるかは最後の最後に目標が達成されたかどうかがわかるまでは判断できないと考えるべきだとされているので、邪魔は許されない。知る権利は存在しないに等しい。なぜなら、ロシア人ならこの原則に従えば、「知ったところで何もしてはいけない。何もしないのだから知る必要はない。だから何も提供しない」という考えに至るからである。西側との違いとして「リーダーと国民の役割が非常に明確に分けられている」というふうに理解してもらえればいい。このような透明性のない制度では、国民は選ぶだけでその後の展開を評価しにくい状態になる。自身の選択が正しかったのか、政策が目標地点に向かって正しい方法で進んでいるか、国のお金が適切に使われているかなどがチェックできない。非常に明確化されたこの「役割分担」、もしくは「分離」は、政策の評価や国民の意見が反映されにくいという民主主義の本質を損なう要因になっている。



広告スペース 4